酷く、身に覚えのある光景が目に入った。 女子トイレで、あるいは掃除中の教室だったとしても。 自分が何度と無くされていることと、同じ様な、全身ビッショリと濡れている男子生徒が、すぐそこのベンチに座っている。 もちろん、雨など降ってはいないし目の前にプールや池がある訳でもない。 彼だけ、にわか雨に降られた様に、濡れている。 ああこれは、と思う。 きっと私と同じなんじゃないか。 蔑まれ、罵られ、殴られ、虐められている、私と。 いつかの気持ちが蘇ってくる。 今も、昔も、毎日のように体験してきたあの気持ち。 仕方ないと、思っていた。 私なんかが皆さんに居ないものにされないためには、それは必要な事で無くてはならないもの。 でも、誰か優しい人に、あるいは私と同じ環境の人に、声をかけてもらいたかった。 目の前の彼もそうなんじゃないかと、烏滸がましいにも程があるけれど、そうであったならと思うと居ても立ってもいられなくなる。 少し前に出て、声を出すだけ。 「大丈夫ですか」「そのままだと、風邪をひきますよ」と。 私は今、きっと必要とされているから。 そう強く自分に言い聞かせ、足を 動かす。 きっと、力になれる! きっと、友達になれる! この学園に入学した時のような希望を抱きながら、珠玉の第一声を! しかし「あ、あの、大丈夫ですか」という至極平凡な私の言葉は言い切ること無く簡単に掻き消された。 「お待たせ苗木!タオル持ってきたよ!」 小麦肌の、活発そうな女の子だった。 苗木と呼ばれた彼は、へらりと笑って手を振った。 私は近くとも遠くとも言えない距離で、ぼぅっと立ち尽くしている。 「ほんっとごめん!ふざけすぎた!」 「大丈夫だから、力いれすぎだよ」 濡れた髪が、頬が、どんどん拭われる。 私とは違う、濡れた頬が無くなっていく。ああ、そうだったのか。 「朝日奈っちー俺もタオル欲しいべ!」 遠くで、きっとこの2人の友人だろう、ホースを持ってびしょ濡れになっている"超高校級"の生徒が大声をあげる。 ああ、そうか。うふふ、そうだよね。 私なんかと同じ筈がない、私みたいなゲロブタと同じだと思ってごめんなさい。 そうとわかれば、早く立ち去らなければ。 私なんかがここに居て、いい筈がない。気持ち悪いに違いない。 声をかけなくてよかった。 この気持ちも、よく知っている。「惨め」だ。 後ろから、声を掛けられている気がする。 きっと私じゃない。もし私だったなら、罵声。批難。 止めて。 「待ってください」 そう叫んだのは、聞こえなかったのか、自分の事ではないと、勘違いしたのか。 いや、勘違いは自分の方かも知れない、とも思うのだが、「心配されていた」以外に初対面の僕をあんなにじっくり見るだろうか。 「あ、私あの人知ってるよ。確か超高校級の保健委員…だったかな」 「そうなの?」 「もしかしたら、保健委員の血が騒いでたのかもしれないね!」 「いくら夏だって、濡れたままは良くないべ。って訳で、俺にタオルをあげるべきだ」 「あんたは自分で勝手に濡れたんじゃん!勝手にしなよ!」 「ひでーべ!」 既に見慣れた、2人の言い争いを宥めながら、泣きそうな彼女はどうしたのだろうか、と思考を巡らす。 まぁ、初めて会った人の事をすぐに知ることは出来ない。今度会ったら聞いてみようか。 その前に、髪を引っ張り合うケンカに突入した2人を止めよう。 濡れた身体が、真上に照っている太陽を浴び、いやに気持ちよかった。 濡れた頬に、触れる (想像をした) (濡れていたのは苗木さんの方で) (泣いているのが、罪木さん)
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