「いらっしゃいませ」

自動ドアが開き、外の寒い空気と共に青年が入ってくる。
彼の顔には見覚えがあった。

たしか雑誌かなんかに載っていた。
"超高校級の御曹司"…だったっけ。

その超高校級の御曹司がこんな古い本屋なんかに何の用だろう。
最も、僕が気にする事でもないのだが。

「(あ、でもどんな本買うのか気になるかも)」

後で葉隠クンに話したらきっと驚くだろうな。
葉隠クンの"聖痕"のおかげにされちゃったりして。

自然と顔が緩んでしまう。ああもう、本気になって辛いのはわかっているのに今ある幸せに浸ってしまう。
昨日だって、あの後…

「おい、そのにやけた顔を俺に曝すな。」
「へ?」

気がつけば、あの"超高校級の御曹司"は僕の居るレジまで来ていた。
…そんなにやけてたかな。

「あっ、すみません。」
「さっさと会計を済ませろ。」

と、出したのはミステリー小説。
彼もこんな小説を買うのか、意外だな。

「お支払いは一括でよろしいですか?」
「そんな物を分割で買ってどうする」
「はは…」

学生なのに何か凄い色のカード持ってるし。これ…って、そうそう持てる物じゃないよね。

「ありがとうございましたー」

商品を渡し、決められた挨拶をする。
普通ならばお客様はすぐに商品を受け取り帰るのだが、彼は何故か動こうとしない。

「あ、あの…まだ何か?」
「お前、今履歴書あるか?」
「…ありませんけど」
「そうか。ならば仕方ない。今日から俺の家で働け」
「え?」
「お前は自分で何も考えられないのか。」
「いやいやいや、意味わかんないよ」
「なら猶予を与えてやる。明日迎えにくる」
「そもそも家知らないんじゃ」
「"十神"にわからない事はない」

そう言うと、彼は突然僕の個人的な情報を語りだした。
高校には行かずバイトをいくつも掛け持ちしている事、家の場所や葉隠クンと仲が良い事すらも。

「どうして、こんな…」
「ああ、重大な事を言い忘れていたな。
…お前は人ではない。」
「は?」

否定しなきゃ。否定しなきゃいけないのに、言葉がうまく出ない。
そもそもからかわれてるだけなんだ。
御曹司って言ったって、そんな個人に…しかもこんな不可思議な事を信じる方がおかしい。

「否定しないのか?」
「やっ、ち、ちが…」
「違わない。」

ちがう。そう伝えたいのに彼の言葉を論破する言葉が見つからない。…真実だから。

はぁ、とため息を吐き、彼はまた喋りだした。

「妖怪か人間かなんて俺にはどうでもいい。情報も疑わしいしな。」

最後に「ほかのバイトは全て辞めておけ」と言い残し、彼はお店を後にした。






確率変動(何かが始まる予感)