ちー苗



……雨が降っている。

固い鉄板で閉ざされた窓を見た。雨の音も、雨の匂いも、湿気も、感じ取る事は出来なかった。

なのに、どうして雨が降っているのだろう。頭の中に靄がかかっているように、思考ははっきりとしない。
ぼんやりとした頭の中、胸を締め上げる、あの顔が浮かんだ。彼はとても凡庸な人間だ。「超高校級」と呼ばれるような特技もなく、ただ「運」だけでこの学園に来た。そして閉じ込められ――そう、初対面のはずだった。入学し、学園に入り、視界が歪みいつの間にかコロシアイが始まっていたのだから、見覚えなど無いはずだ。
それなのに、何度言い聞かせた所で、「会った事がある」という疑念は消えなかった。
彼を見る度にこの胸の内の不快感が膨れ上がる。わかりそうでわからない、あの感覚。ああ、

「どこかでお会いした事ありますか」

聞こえるはずの無い雨音が、僕の言葉を掻き消した。ざあざあざあと打ち付ける雨と共に、声が聞こえる。初めて見た時から気になっていたんだ。何度も聞いた手垢のついたフレーズ、告白でもされるのだろうか、何も知らない、僕が男だという事にすら気づけない、そんな人を好きになるはずがない。女になろうとしたのは僕なのだから、当たり前、ではあるのだが。そう考えたが、まだ声が続いている。君は本当に女の子なのかな。聞き覚えのある声だ、そう、舞園さんに裏切られ、桑田君が殺され、顔を歪めながらも希望を語っていた、彼、苗木君だ。

「弱くなんてない。ただ、優しいだけなんだ。」

雨音も声も聞こえなかった。でも、確かにそう言われた。周りに誰か居ないかと見回す。あるのは監視カメラだけ、誰も居ない。
独り言を聞かれていない事に安堵する、でも――居て欲しかった。苗木君に。

これがただの空想でないと、もう一度あの言葉を言って欲しい。僕の独りよがりではないと証明して欲しい。
はぁ、とため息を吐いた。
今の僕にはそんな言葉を言って貰える資格などない。僕は弱い。いっそモノクマに提示された"動機"を暴露してくれたなら、そう思いかけて、止める。
まだ、駄目だ。まだその時ではない、まだ時間が欲しい。苗木君に「弱くなんてない」と褒めて貰えるように強くなりたい。そのために――そうだ、彼なら、大和田君ならきっと軽蔑せずに聞いてくれる。
僕が男であるという事も、苗木君を好きになってしまった事も。



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