罪木クンと苗木クン


いつも通りの満員電車を下りると、ジトっとした暑さに身を包まれる。
6月というのはこんなにも暑いものだったか、と切り替わったばかりの夏服の胸元をパタパタと扇ぐ。
改札口へ向かう雑踏の中、半袖が増えて、少しは暑苦しさも消えた気もする。とは言っても暑いのは変わらない。
6月の、1日。僕が嬉々と夏服に身を包んで登校した、あの日。

彼は何故か冬服のままだった。

手紙で呼び出された中庭。
夕日で真っ赤に染め上げられた芝生の上に立ち尽くす、これまた真っ赤に染まった罪木蜜柑は何故か、いつか観た映画の殺人鬼を思い出させた。

息を飲む。
きっと、彼が手紙を出した本人だ。この場に他に人は居ない。

彼もこちらに気づいたのか、大袈裟にびくついてから申し訳なさそうに話しかけてきた。

「あのぉ、僕が罪木蜜柑です」

ミカン、なんて名前の人に呼び出されたのだ。もしかしたら女の子に告白されるのかもしれないと、心の内で少し期待をしていたのは、間違いない。
しかし想像の様にうまくいくはずも無く、やっぱり違うか、と苦笑いをすると彼は更に申し訳なさそうに顔を歪めた。

「お呼びだてしてしまって、その、ごめんなさい」

近付いた、僕よりも高い位置にある顔を覗く。
やはり、見たことがない顔だ。
そんな人が、僕にどんな用事があるのだろう。まさか、僕が気に入らないと因縁をつけて殴られたりするのだろうか。
しかし、その考えはすぐに間違いだと気づく。
失礼だとは思うが、殺人鬼どころか、虫にさえ殺されてしまいそうな顔をしているのだ。罪木蜜柑は。

「今日は苗木さんに、あの、伝えたい事があってですね…」

カーディガンの上から掛けられている真っ白の、どこか薬品臭いエプロンをぎゅっと握ると、意を決した顔で口を開く。

「す、すすす好きです!よかったら僕とその、付き合ってくださいぃっ」

今にも泣きそうなその告白に、間抜けな声を上げる。

「それは…恋人になる、っていう事?」

いまいち状況がわからなかった。
人生で初めての告白なのだ、しかもその相手は知らない男。動揺するなと言うのがおかしい。
それでも割と嬉しいと感じているようで、その告白がどんな意味なのか、確認をとってしまっている。これが勘違いだったらどんなに恥ずかしいだろう。

「そ、そうですけど…。」

ああ、困った事になった。
勘違いなら勘違いで恥ずかしいのだが、恋愛スキルの無い僕はどうやって断ればいいのだろう。
男同士だ。僕にその気はない。しかし、その上で告白してきた彼はどんなに勇気が要ったことだろう。

「ごめんなさい、ごめんなさいやっぱり気持ち悪いですよね。知らない人からしかも僕みたいなゲロブタがいきなり告白だなんて、身の程知らずもいいとこですよね」

「そんな事ないよ!」

同じ才能を持つ先輩が一瞬ダブって見え、思わず論破する。

「僕はただ、告白なんて初めてで驚いただけなんだ。」

そう言うと、ほっとした顔を浮かべ、今日初めての笑顔を見せる。
ここで突き放した態度をとった方がよかったのだろうか。こんな笑顔を見せられた後で断るのは、つらい。

「でも、ごめん。僕は応えられないよ」

ああほら、また泣きそうな青い顔に逆戻りだ。

/ぶつ切り
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