機械仕掛けの乙女の延命




こちらの続きです。


気が付いた時、わたしは知らない場所に立っていた。…いや、それは嘘だ。ここが何処かなんてことはわかっていたけれど、正確な場所が分からないだけ。雰囲気だけで言うならショッピングモールの地下駐車場に似たものを感じるけれども、全体的にメカメカしい、と言えばいいのか。周囲には大きな機械とエグイサルが静かに立ち竦んでいる。今のわたしと同じように。それを考えると、恐らくここはエグイサルの格納庫なのだろう。…なんだか久し振りに頭を使った気がする。裁判でもこんな風に考えることなんてなかった。最原くんや王馬くんが居たから、必要がなかったのだ。それよりも、場所がわかったところでどうしてわたしはここに居るのかが分からない。それに今の時間も。お気に入りのスカートの裾で揺れるレースを引っかけないよう慎重に辺りを調べてみても窓は見つからなくて、格納庫の位置もここに居る理由も、今が朝なのか夜なのかすらも分からなかった。完璧な無駄足だ。窓もなく、可愛くない機械しかない空間なんて、拷問か何かだろうか。わたしは一人、ひっそりと眉を顰めた。
常に何かに護られてきたわたしは孤独にめっぽう弱い。自分や自分の作ったもの以外は信じられないけれど、わたしのことが好きな人に護られていたいのだ。それがとてもワガママな事は、心のどこかではわかっていた。知らないフリをしてるだけで。一体何を潰すのかも分からない巨大なプレス機の横、その操作スイッチへと繋がる階段に腰を下ろした。…お洋服、汚れちゃうかな。見たところ汚れはなかったから大丈夫だとは思うけど。膝の上に肘をついて溜息を吐いた。こんな所に長くいたらノイローゼにでもなってしまいそうだ。誰か、はやく助けてくれないかなぁ。


「…苗字ちゃん?」

「王馬くん…!」


二度目の溜息が零れそうになった時、誰かの声が飛んできた。振り向けば、やっぱりモノクロの彼。一瞬頭が痛んだ気がしたけれど、それを振り払ってだらしなく丸めていた身体を起こし、笑って手を振れば王馬くんは早足で近寄ってくる。そんな反応もするなんて、ちょっと意外だ。よっぽど驚いたのだろうか。正面からわたしの姿をまじまじと見詰める彼と目が合った。いつも通りにっこりと笑えば、彼は何も言わずに緩慢な動作でわたしの隣に座る。距離は近かったけれど彼の体温は感じられなくて、なんだか少し寂しかった。


「どうしてここに苗字ちゃんが居るの?しかもこんな夜中にさ…むしろ夜中だから?」

「わたしにもわかんないの。気付いたらここにいて…あ、ホントだよ?わたし、嘘つきじゃないし」

「にしし…分かってるよ、それくらい」


ちらり、横目で見た王馬くんはずっと遠くを見詰めていた。いつもなら面白いくらいに動く口も今は比較的大人しい。「王馬くん?」らしくない様子に不安になって声を掛けると、彼はやっとこっちを向いてくれた。穏やかな笑みは嵐の前の静けさを思わせる。無言で向けられる彼の優しさのような何かが、わたしを緊張させた。


「ねぇ、オレがこのコロシアイの首謀者なんだって言ったらどうする?」


告げられた言葉は予想外も予想外で、思わずぽかんと口を開けてしまった。王馬くんが嘘つきなのは今に始まった話ではないけど、さすがに雑過ぎじゃないか。確かに、わたしが彼を首謀者でないと思う根拠なんて何もない。でも王馬くんは違うと、そんな事をする人じゃないと確信している。この気持ちがそんな雑な嘘なんかで揺らぐことはない。それくらい王馬くんだって分かってるはずだ。…もしかしたら、これを信じているって言うのかもしれないなぁ。わかんないけど。


「うそつき、違うでしょ?」

「…あーあ、渾身の嘘だったんだけどなー。そうやってすぐ見破っちゃうんだから、やっぱり苗字ちゃんはつまんなくないね!」


悪戯な笑みを浮かべたまま頭の後ろで手を組む彼に、悔しさの色は見えない。やっぱり騙せるとは思っていなかったのだ。わたしに嘘を見抜かれるって、きっと知っていた。それに気付いたらなんだか気が抜けてしまう。緊張なんてする必要なかった。王馬くんは今この時もわたしの知る王馬くんのままだ、そう安堵したのも束の間。


「ああそれと、オレ、ホントは苗字ちゃんのこと好きだったんだ。これは嘘じゃないよ!」

「…え?」

「野次馬の前で告白するとか、絶対嫌だったんだよねー」


やじうま、言葉を覚えたての子供のようにそう繰り返した。視線を下へやって、顎に手を当てる。あの時のことを思い返しても、わたしたちの他にあの部屋にいた人なんていない。最後に入ってきた最原くんのことだろうか。それにしては何か変な言い方な気もするけど、どうでもいいや。

それにしても、きみまでお砂糖になっちゃったら、わたしはひとつ足りなくなっちゃうな。お砂糖と素敵な何かだけで出来た女の子なんて、物足りないでしょう。きみはわたしにとってのスパイスだから必要だったのに。…なんて、嘘だ。偶像の女の子から一人の恋する乙女になったわたしにとって、そんなものはもうどうだっていい。わたしが何でできていたって構わない。たとえ汚くたって。
好きだと言われてじわじわと熱を持っていく頬と、同時に湧き出てくる嫌な予感。うれしい、でも、王馬くん。もしかしてわたしって。曖昧な何かが高鳴った気がした。


「ねぇ、わたしはもう死んでるの?」


無条件に与えられるなんて、こわい。相手が王馬くんだからという訳ではないけど、そう思った。それに、わたしはあの続きを思い出せないのだ。最原くんが部屋に来て、裁判になって、…それで?ほら、もう、わたしが死んでるくらいしかないじゃない。
視線を上げれば、そこには見付けられなかった空が居て、口許には三日月が浮かんでいた。王馬くんは笑っている。怖いくらいいつも通りに。不気味なはずなのに、わたしは安心してしまった。


「今まで気付いてなかったなんて、やっぱり苗字ちゃんはバカだなぁ。死んでもバカなんて救えないね!」

「王馬くんは、それにも気付いてたでしょ?どうして黙ってたの?」

「…それくらい察しなよ。オレのこと、好きなんでしょ?」


そう言われても、無理なものは無理だと思う。口には出さなかったけれど、そんなわたしの心境も王馬くんは見抜いてしまうのだろう。彼は組んでいた手を下ろし、溜息をひとつ吐く。…最後まで呆れられてばかりで、少しだけ恥ずかしかった。


「もう帰りな、苗字ちゃん。そろそろお客さんが来ちゃうからさ」


そう言ってわたしより先に立ち上がった王馬くんが、またあの時みたいに手を差し伸べてくれる。もう触れられないのに、引っ張りあげることなんて出来ないのに。それを分かっていてやってくれるのだから、やっぱり王馬くんは王子様みたいだ。その手に手を重ねて立ち上がった。あの日と同じスカートがふわりと揺れる。「すきだよ、王馬くん」口から零れた言葉もまた、同じで。わたしを映すふたつの紫がほんの少し、揺れた気がした。


「オレも、好きだったよ」

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