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風が吹いて、木が揺れた。テニスコートの騒がしい声が、随分遠くに聞こえる。会いたいと願った彼女が隣にいるのに、うまく話すことすらできない。俺はこんな性格だっただろうか。
「……うそ、なの」
ぽつりと彼女は言った。
「本当は、におーくんを、見に来たの」
彼女の『嘘』は、俺を喜ばせるには十分だった。

「姓さん」
彼女は肩を揺らした。ぎゅっと目を瞑っている。よく見ると、耳まで真っ赤だった。俺を見に来た、と姓さんは言った。本当なら今すぐ彼女に手を伸ばして抱きしめたい。でもそうすれば、心地よい今の関係が壊れてしまいそうだった。
「昨日連絡先を聞けんかったけ、教えてくれんか」
閉じられた瞳がゆっくり開かれて、俺を映した。そして、笑った。

「…さっき、私のこと名前で呼んでくれたでしょう?」
さーっと血の気が引く音がした。姓さんの視線が俺に向かずに、あちらこちらに散らばる。
「い、嫌だったかの?」
「ううん、むしろ、名前で呼んで欲しいな、なんて」


一緒に帰ろうと誘うまで、あと五秒。


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