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「え、言い逃げかよぃ」
ブンちゃんの言い方には語弊がある。俺は電車に乗らなければいけなかったのだ。彼女だって同じだったはずだ。
「つーかその子の学校超規則厳しいとこだろぃ?遅刻とかカワイソー」
帰りの電車がガタンゴトンと揺れる音が聞こえた。夕日が差し込んで眩しいはずなのに、俺は目を見開いていた。
ふわふわのパーマで、初めて見たときより着崩された制服。向こうの車両に見えたのは、紛れもなくあの子だった。
「おい、仁王?どこ見てんだよ」

乗り換えの駅に着いた。多くの人々が電車から降りる。あのふわふわパーマが、小さくなっていく。どくん、と心臓が高鳴った。人をかき分けて、あの子を目指した。名前を呼ぼうとした。そして気付いた。俺は、あの子の名前を知らない。
「…!」
あと数歩というところで、あの子が、こっちを向いた。そして顔が赤く染まる。デジャヴだ。
「朝、の?」
「…その、すまんかったの」
「…どうして?」
きょとんとした顔がまたかわいらしい。きっと今の俺は情けない顔をしているのだろう。幸せで仕方ない。昨日まで見ているだけだった子と会話をしているのだから。
「遅刻したじゃろ?」
「あ…ちょっと、だけ」
ダメだ。嫌われた。迷惑をかけてしまったのだから、当たり前かもしれない。さよなら、俺の初恋。
「……あの、」
ぽつり、と彼女が零した言葉が、耳に残って離れなかった。
「…名前、教えてくれません、か?」


まだ希望は残されているのだろうか。

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