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真田は携帯電話を片手に困り果てていた。部室を飛び出してみたはいいものの、名が海のどのあたりにいるかなどわかるはずもない。電話をかけてみたが繋がらない。電話を携帯するから携帯電話ではないのか、と真田は思った。もう一度かけ直そう、としてボタンを押した瞬間、携帯電話が震えた。相手は名だった。
「名!今どこだ!」
『…あ、弦一郎の声聞こえるよ』
「何を言っている。電話なのだから当たり前だろう」
『違う。二重に聞こえるの。近くにいるみたいだね』
「近くに?…」
真田は堤防の階段を上がり、周りを見回した。街灯の光がポツポツと見える。大きなトラックが一台だけ通った。ヘッドライトが眩しくて、思わず目を瞑った。他には、何も見えなかった。
『あ、見つけた』
「どこだ?」
『そっちじゃなくて、こっち』
名の言うそっち、とは、街の方だろう。今、真田の背中には堤防と海の間にテトラポットが敷き詰められている。瞬間、真田の血の気が引いた。大きなテトラポットが、積み木のようだった。この上に立とうと思えば立てるし、歩こうと思えば歩けるだろう。危険だが、あの名が、そんなことに怯えるはずがない。真田はすっかり暗闇に慣れた目を凝らして、なんとなく、テトラポットの上で手を降る影を見た。
「な、そ、そんな所に…っ!早く戻ってこんか!!」
『ここ、すごいんだよー。星が綺麗に見えるの』
「いいから早く戻ってこい!!!」
『…弦一郎、』
名の声が急にか細くなった。真田はまた怒鳴ろうとしたのをやめた。それよりも、波に消されてしまいそうな名の声に耳をすました。
「……何だ?」
『弦一郎、迎えに来て』
か細く、確かに、名は言った。電話越しに聞こえる波の音と、実際に聞こえる波の音が同じで、頭がおかしくなりそうだった。真田は通話を切って、堤防を真っ直ぐ歩いた。名らしき影と、一番近い所まで来て、足を止めた。
「名」
少し冷たい風が吹いた。
「戻ってこい」
聞こえたのか、影はゆっくりと真田に近づく。真田の目には、やっと名の顔がはっきり見えてきた。笑っている。
「弦一郎、寒い」
「たわけ。帰るぞ」
「はーい」
名は空を見上げていた。行くぞ、と真田が言った。名は何も言わずに堤防から飛び降りた。真田の方を見上げてにっこりと笑った。
「星、綺麗だね」
真田はため息をついて、堤防から飛び降りた。何だか今日は、ゆっくりと風呂に浸かりたい気分になった。


110516
星がまぶしい

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