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秋空は清々しいほどに青かった。姓名は誰もいない屋上に一人、寝転がっていた。もう何時間、ここにいただろう。ニュートンの法則に反して空に落ちてしまいそう。あの青い空の向こうには真っ暗な宇宙がある。このままだったら空に溶け込めるかもしれない…、そんな彼女を現実世界に引き戻したのは、空腹と、屋上への来訪者だった。
「屋上は立ち入り禁止だと何回言えばわかるのだ」
「ゲンイチロー、おはよう」
「もう昼だ」
「道理でお腹が空いたわけだね」
大の字になった彼女の上から見下ろす形で、真田は話しかけた。名は起きる様子はない。会話のキャッチボールは少々苦手らしい彼女に、真田は本日二回目のため息をついた。
「もう9月だ」
「そうだね」
「お前は一応受験生なのだぞ」
「うん。知ってるよ」
「知っているなら授業くらい出んか」
ようやく名は上半身を起こし、真田を見上げた。どこかぼんやりした目つきだった。
「弦一郎、ご飯食べようよ」
自分の言った内容に掠りもしない返答に、真田は驚愕した。自分の心配は無駄なのかもしれない。彼女の気の抜けた笑顔は真田の覇気を削いでしまった。そして彼女は、自分の鞄から弁当を取り出し、蓋を開けた。
「弦一郎は食べないの」
「…教室に弁当がある」
「じゃあ教室でご飯食べよう」
「ならば、午後の授業は出るか?」
「えー…」
にこにこと浮かべていた笑顔は、授業という言葉によって、すぐ不満な顔へと変わった。まるで天気のような少女だ。晴れていたかと思うと、急に厚い雲が現れる。もうすぐ雨が降るかもしれない。
「あ、今日、古典だよね」
「む、そうなのか?」
自らのクラスの時間割は把握しているが、他人のクラスのそれなどは知らない。真田はまた突然笑顔に戻った彼女に驚かされた。
「古典は好き」
「そ、そうか」
「弦一郎、早くご飯食べに行こう。昼休み終わっちゃうよ」
食べかけていた弁当を手早く仕舞い、名は真田の手を引いた。名の小さな手が真田の骨ばった手を引くのをテニス部員が見れば、やっぱり親子だ、と思ったに違いない。事実、手を繋いでいることは二人とも、何とも思っていなかった。空はやはり青く澄んでいた。


110409
彼女は宇宙で呼吸する

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