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こっち向け、こっち向け、

ある種のおまじないだ。斜め前の席の真田くんの後ろ姿をじっと見つめて、こっち向け、と心の中で念じてみる。届かないとはわかっていても、念じ続ける。授業中にも関わらず私は真田くんばかりを見ていた。模範生の代表のような彼は、教科書と、ノートと、黒板以外に目を向けない。だけどそれが彼のすばらしいところなのだ。友達には理解してもらえないけれど。テニスにも学校生活にも真面目な彼を、私は密かに好いているのです。
(真田くん、消しゴム落としたりしないかなあ)
いや、ありえない。そんなヘマをやらかすような彼ではない。
と、一人悶々とそんな考えを巡らせていると、眠気が押し寄せてきた。真田くんの後ろ姿が、ぼんやりしたり、はっきりしたり、ゆらゆらしている。シャーペンを持った手がノートの上で踊るように動く。はっと意識が戻るとミミズのような字の羅列。なんだこれ。消しゴムで消して、もう一回書く。字を書いていると、また眠気が押し寄せてきて、私は意識を手放した。



「姓」
夢の中で、低い声で名前を呼ばれた。真田くんの声に似ている気がする。夢でも私は真田くんのことを考えているのか。そろそろ末期かな。
「姓!」
うわ、本当に真田くんの声かもしれない。
「姓、起きろ!」
ゆっくりと顔を上げると、そこには仁王立ちの真田くん、ではなく、先生がいた。人生でいちばんがっかりしたかもしれない。先生は未だガミガミと叱りつける。まわりからクスクス笑う声が聞こえる。早く授業再開しないかなあと思いながら、ちら、と真田くんの方を見ると、目が合ってしまった。真田くんの口元が笑っている。息が詰まった。時間が止まったようだった。先生の怒る声はもう聞こえなかった。ただ恥ずかしくて俯いた。頬が熱くなるのを感じながら。

110307
溺れる女の子

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