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前日までの厳しい寒さが嘘だったように、暖かくなった。結局眠れなかった。起きていれば時が止まるような気すらした。俺は朝食もそこそこに、裏山に急いだ。
「おはよう、千歳」
朝日がまぶしくて、思わず目を細めた。名が今日はあったかいね、と笑う。本当に。昨日までこのあたりは雪に覆われていたのに、ほとんど溶けてしまっている。雪だるまは、かろうじて形を保っていた。
「朝ご飯食べてへんやろ」
「え」
「わかるんやで。千歳のことやったら、なんでも」
名は太陽に負けないくらい元気よく笑う。まるで、生きていた頃の名だ。
「でも千歳の才気煥発にはかなわんなあ」
雪だるまの片目が落ちるのが見えた。
「朝ご飯ちゃんと食べ、て白石にも言われとったやん」
「そういえば、そうたい」
「千歳が健康でおってくれな、わたしも心配やわ」
名の眉が下がる。
「努力するばい」
「うん。ちゃんと授業出てよ」
俺は頷く。
雪だるまのもう片方の目が落ちた。
「ほんで綺麗な奥さん見つけて、かわいい赤ちゃん見してな」
「うん」
陽が高くなってきた。
雪だるまの下の部分が溶け始めている。
「できるだけ長生きして、百年はわたしんとこ来たらあかんよ。来たら絶交やから」
「はは、厳しいっちゃ」
雪だるまの上の部分が、ぼたりと落ちた。土に還ってゆく。
「…わたしのことは忘れてね。」
声だけ、聞こえた。音もなく、溶けるように、消えた。

涙声の名の顔を、見ることができなかった。逆光で眩しくて、涙も手伝って、見えない。忘れろ、なんて残酷なこと、できるだろうか。いや、できるわけがない。携帯にデータとして残った雪だるまの写真のように、ずっと残る。
俺は、名がいたその場所に右手を伸ばした。掴めなかった。左手も伸ばす。掴めない。手は何度も何度も空を切った。ただ、暖かい太陽の光があるだけだった。


俺の視界は、そこでブツンと、テレビを切ったように途切れた。

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