text | ナノ
結局何ひとつ集中できやしなかった。
侑士の声が、耳について離れない。どんなに難しい証明の問題だって、英作文だって、頭は回ってくれなかった。
塾の外は真っ暗。真面目に授業を受けていた友人たちに別れを告げ、あたしはリュックから携帯を取り出した。チカチカとランプが光っている、…もしかしたら。
新着メール1件。
口角が上がるのを堪えた。噛んだ唇が痛い。
あんなことを言ったあとだ。侑士が打った文字ですら見るのは恥ずかしい、と思っていた。
「って、白石か…」
メールの相手は同じクラスの白石。恥ずかしいと思っていた自分が恥ずかしい。
思わず溜め息が出た。期待していた分反動が大きい。
from 白石
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英語って予習せなあかん?
「あかん、…はあ」
from 白石
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絵文字無しってお前。愛想ない奴やなあ
「うるさいわぼけ、と」
from 白石
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そんなんやったら彼氏に嫌われるで
余計なお世話や、と返信しようとしたところ、携帯が震えた。ディスプレイには侑士の名前。
from 忍足侑士
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終わったらメールして
「終わったで」
『メールしてって打ったはずやねんけど』
「ええやんええやん」
『今日の名はえらい積極的やな』
「かわいいやろ?」
『そうゆうことにしといたる』
「うふふ、殴られたいん?」
あほみたいな会話だって、ただ楽しい。あたしらはただ遠いだけだ。ちょっと遠くて頻繁に会えないだけの、ふつーのかれしとかのじょ。ちょっと侑士が大人びてるぐらい。
「さっきさーあたしらしないこと言ったやろ?せやから塾全然集中できへんかった」
『はは、俺もやで』
あ、やっぱり恥ずかしかったのか。いくら侑士でも恥ずかしいなんて思うんやなあ…なんて考えていた。侑士が恥ずかしがっているのを考えると少し笑えた。
『何笑てんの』
「いや、だって侑士が恥ずかしがってんの考えたら…」
『あのなぁ…俺かて一般男子やで。好きな子にあんなん言われて嬉しないわけないやろ』
あーまた。侑士はいつもあたしが嬉しい言葉をくれる。言葉が出ない。
「ちょ、ちょっとセンチメンタル入ってただけやねんから、言ってみただけやって」
『じゃあ別に名は俺に会いたくないんや』
「え、いやそういうわけやないんやけど」
『そうにしか聞こえへんわ。もう一回言ってよ』
「…!」
わざと低くされた声の侑士にさっきの感覚が蘇る。足元がふわふわする。血が沸騰するほど体が熱い。
『言ってくれへんの?』
鼓動が電波に乗って伝わってしまいそうだ。
「ゆ、侑士は?」
せいいっぱいのいじわる、をしてみたつもり。
『名に会いたい。めっちゃ会いたいわ』
あかん。いじわるとか調子乗ってしまった。
「……明日、早いから、もう切るわ…」
『しゃーないなぁ』
侑士がにやにや笑っているのが目に見える。恥ずかしすぎて死にそう。恥ずかし死になんてするひといてるんかな。あたしはたぶんそれでしねる。
恥ずかしいったらありゃしない