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前日に事故にあったとは思えないほど、名は元気だった。ドリンクを用意したりスコアをつけたり、マネージャーとしてきびきび働いている。
それが危なっかしくて、部活に集中できんかった。白石に、真面目に練習来るんやったら真面目に練習せえ、って怒られるほどだった。
「千歳がちゃんと練習してくれへんかったらあたしが白石に怒られるんやで!」
「今日はよう怒られるっちゃ」
「ほら白石が呼んでる!」
見れば白石がひどくこっちを睨んでいる。背中をぽんと押されて振り向けば、名の笑顔。
「頑張れー」
「おう」
とびきりの笑顔は、冬の澄んだ空気に溶けてしまいそうだった。



夕方。
日が落ちてまっくらになった頃。着替えて、名の仕事が終わるのを待っていた。夜になるといっそう冷える空気に身を震わせ、俺はマフラーを鼻まで上げる。
「ちーとーせくーん」
「終わったと?」
「うん。待っててくれてありがとう」
にこにこしながら俺の横まで走り寄る。マフラーをなびかせて、名は止まった。
「寒なったなあ」
「もうすぐ雪が降るっちゃ」
「雪かあ、楽しみやな」
本当に楽しみそうに言うから、こっちまで楽しみになる。
雲の間から見える空からオリオン座が見える。
「行くばい」
「うん」
手を差し出すと、少しためらいながら指を絡めてきた。ああ、むぞらしか。キス、したい。
そう思ったときには、もう目の前に名の顔があった。瞬間、名の顔が真っ赤になり、二、三歩後ずさった。
「あ、あたしちょっと、忘れもんしたから、と、とってくるわ」
ゆるく繋がれた手をふりほどき、唇に暖かさを残して名は走っていった。

何分経っただろう。
それは五分だった気もするし十分だったかもしれない。いや、もしかしたら三十分だったかもしれない。
それほど長く感じた。
もしもっと手をきつく握っていれば?もしもっと早く名の様子を見に行っていれば?もし俺が名について行ってたら?
後悔は枯れるほどした。してもしても湧いてくる。どうやっても抜けられない。まるで底なし沼のように重く、葛の蔓のように絡みつく。


名は部室で倒れていた。

さっきまでの赤面が嘘だったように、名の顔は青白かった。


外は初雪が降り出していた。

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