text | ナノ
いろいろ、喋った。
学校はどんなんとか、最近のテレビの話とか、芸能人は誰がかっこいいとか。
どれぐらい喋ったやろうか。だんだんと、家に近づいていく。
「もう10時や」
「え、ほんま?」
一時間近くふたりで歩いていたらしい。
侑士はあたしの家の前まで来ると、ぱっと手を離した。ひんやりと冷たい風が入る。
「じゃあな、名。また明日」
「…うん」
返事がすぐに出てこなかった。できれば離してほしくなかった。でもそれは叶わへんくて、しゃあないこと。でも、また明日、がある。電話を切ったあとのような虚無感はない。
沈黙が走る。
冬の風にあてられて、耳もほっぺたもすっかり冷たくなった。まだぬくいのは手ぐらい。でもその手も、また冷たくなってきている。
沈黙を破ったのは、侑士。
「…あと五分、ええ?」
あたしは承諾するわけでもなく、かといって嫌なはずはなく、ただ侑士の目を見た。
「…なんか、侑士変わった」
「ほんま?」
「や、なんか、ちゃうねん。そういうのんとちゃうくて、」
「半年も会うてへんかったらそら変わるわ」
「その、夏休みより、なんて言うか…大人っぽくなった、みたいな」
「それは…ほめてる?」
「ほ、ほめてるよ。なんか、かっこよくなった?みたいな…」
侑士の、レンズ越しの切れ目をずっと見ていた。
なんだか、反らせなくなった。
そして、どちらが言い出すわけでもなく、ただ唇が触れるだけのキスをした。
年が明けて、みんなでお節料理を食べても、侑士と初詣に行っても、まともに目を見れなかった。
それどころか、侑士が東京に帰る、となったときですら、目も見れなかった。
「…ええんか?名」
「何が?」
「侑士、帰ってまうで」
一番に気づいたのは謙也やった。
「早よ行き。まだちょっと喋るぐらいの時間はあるやろ」
背中をぽんと押されて、あたしは思わずつんのめる。
「ユーシ!名が話しぃたい言うてるでえ!」
「ちょ、謙也!」
早よ行け、と謙也がちっちゃい声で言うた。
「どないしたん」
どないしよ。
「…テニス、頑張ってな」
声が震えてる。
侑士はそれに気づいたのか、優しく笑った。
「全国行ったら、応援しに来てな」
「うん、行く。絶対行く」
「四天宝寺より氷帝応援してくれるん」
「氷帝、ってゆうか、侑士を、やけど」
何気なく、侑士の顔を見た。
目が合った瞬間、侑士が大きなため息をついて、笑った。
「やっと目ぇ見れたわ」
「え」
「ずっと目ぇ反らしてたやろ。あの日から」
ああ、わかってたんや。
「…なんか、恥ずかしかってん」
「そら俺かて恥ずかしいわ。でも名が目ぇ合わせてくれへんから俺嫌われたんかと思たんやで」
「そ、そんなわけないやん」
遠くでは侑士の家族が侑士を呼ぶ声が聞こえる。
「もう行かな」
「…そやね」
「おんなじ日本にいてるんや、また絶対会える」
「…うん」
また電話するから、とだけ言い残して、侑士は行ってしまった。
寂しい。でもあたしは確かに侑士と喋った。侑士と手を繋いで、キスをした。感触は、まだ残っている。
それだけで頑張ろうと思えるあたしは、単純やと言われてもなんとも思わへんほどに浮かれていた。
まぼろしじゃあない