text | ナノ
「い、今何時!?」
「うわっ起きたんかい」
「謙也、今何時!?」
テレビの前で寝てたあたしにご丁寧に布団までかけてくれてた。窓を見ると真っ暗で、驚いて眠気は吹っ飛んだ。
「九時やで。夜の」
「くっ…」
「十時間もよう寝とったな」
「じゅっ…!?」
嘘やろ嘘やろ。寝過ぎとかゆうレベルちゃうて、十時間て何?お前は白雪姫か、ってそんな一人漫才してる場合ちゃう。
「ゆ、侑士は、?」
「おばちゃんとコンビニ行った」
「ま、まじでか」
「まじで」
気ぃ抜けた。ふぅ、とため息が出る。
それも束の間、玄関のドアがガチャンと開く音が聞こえた。
思わず肩が揺れる。
「忙しいやっちゃ」
「うるさいわっ」
心臓が、うるさい。
しわくちゃのスカートも謙也が何か呟いたのも気にせずに、二階から階段を駆け下りる。侑士のお母さんの声が聞こえる。
階段を降りて、すぐの玄関には、ああ、半年間どんだけ会いたいと思ったか、
「ゆ、うし」
「…名、起きたん?」
「え、な、何で起こしてくれへん」
「あんな幸せそうに寝てたら、起こされへんわ」
恥ずかしい。寝顔見られてたとか、ありえへん、うそやろ。侑士の笑顔が恥ずかしい。
「おかん、買い忘れたもんあるからもう一回ファミマ行ってくるわ」
「あらそう。お金は?」
「いける。あと名も連れてくから」
「え」
「はいはい。名ちゃん、気ぃつけてね」
「あ、はい、え?」
「行くで、名」
街頭と月だけが輝く静かな住宅街を、二人で歩く。人が一人入れそうな、微妙な距離で。
夏休みも思ったけど、背ぇ伸びたな、声も低なった。今年のお正月は背ぇおんなじぐらいやったのに、今は頭ひとつ分ちがう。あたしかて背ぇ伸びたのに。
ファミマまではすぐやった。でもどっちが何を言うわけでもなく、遠回りの道を歩いた。まだ距離は人ひとりぶん。
「…久しぶりやなあ」
口を開いたのは侑士だった。
「う、ん」
「髪伸びたな」
「侑士こそ」
「におてるやろ」
「あほちゃう」
「名はそれぐらいのがかわええよ」
あたしの肩につくかつかんかぐらいの髪を見て言う。
「…背ぇ、伸びたね」
「ほんまやな、名がちっさいわ」
「声も」
「低なったやろ。俺合唱コンクールでバスのソロ歌うねん」
「ええ、何それ合唱?」
「そや。音楽の先生がうちの顧問でな」
「うちのテニス部女装喫茶やで」
「謙也が女装?」
「爆笑やろ」
ゆっくり、ゆっくり歩く。侑士の方やなくて、ついつい、下ばっかり向いてしまう。
「…謙也で思い出した」
「?」
「いくら謙也やからって、あんな無防備に寝てたらあかんわ」
「え」
「寝込み襲われてもしらんからな」
一瞬見上げた侑士は笑ってた。
ふ、と笑った。
それはちょっとだけ怖かった、けど、優しい表情やった。なんて言うたらええんやろか、なんか、神秘的。
「それは、やきもち?」
「謙也にってゆうんが癪に障るけど」
またすぐに下を向いてしまった。恥ずかしい。
「名」
「ん」
「手ぇ、繋ご」
侑士のおっきい手から体温が伝わる。あたしからもあったかい体温を送れてるんかな。あたしは心臓がやかましすぎて、心臓の音が手を通して伝わってしまいそうで、それにまた恥ずかしくなった。
心臓ってやっぱり胸にあるんやなあ、と思った寒い師走。距離はそのまま人ひとりぶんで、手は優しく包まれて歩いた。
馬鹿みたいにあつい