text | ナノ
外国にはハロウィンという行事がある。子供がおばけや魔女などの仮装をして近所をまわり、お菓子をねだる。お菓子をあげなければいたずらをされるらしい。魔除け。そう、大人たちがかわいいかわいい我が子を悪いものから守るためにつくられた風習。
四天宝寺中学でも西洋の風習にかぶれた「子どもたち」で溢れかえっていた。ただ日本のハロウィンはお菓子を交換する日らしい。魔除けも何もない。ただのイベント。
今日はお菓子の甘ったるいにおいがそこら中に漂っている。あまり好きではない、このにおい。
ほんとうならサボりたいところだが、転校して一週間、悪いイメージがついてしまうのは困る。だからしかたなく、わたしは教室で一人、ぽつんと携帯をいじっているのだ。
「なぁ、姓さん」
そんなわたしの世界に入り込んできたのは、クラスでも、いや学校でもかっこいいと評判の白石くん。わたしの前の席。
彼は確かにかっこいい。毎日違う女の子に呼び出されている、と思う。しかも全国常連のテニス部部長ときた。何それ。モテるしかないじゃん。
いや、でも、そんなモテ男がなんでわたしに?
「姓さんはあの中に入らんの?」
「そんなに仲いい訳じゃないし…ああゆうのは苦手なの。白石くんこそ」
「俺もうるさいのは苦手や。なんで女子ってあーやって騒ぎたがるんやろ」
そう言って小さくため息をついた白石くんの鞄には、お菓子がいっぱい詰まっている。断りきれないらしい彼は優しいようだ。しかし彼女らはハロウィンをバレンタインと勘違いしていないだろうか。
あ、と思い出したように、白石くんはひとつ、チョコレートを取り出した。
「あげる。俺ひとりじゃ食べきれんし」
「あ、ありがとう。チョコ好きなんだ」
ほんまか!まだまだあるで!と言う白石くんは少し嬉しそうだった。両手いっぱいに乗せられたチョコレートたちのお返しをしなきゃ。リュックに何か入っていただろうか。だめだ。ぷっちょしかない。しかも、開けたやつ。
「白石くん、わたしぷっちょしか持ってない」
「くれんの?」
「うん、でも半分も無いや。はい、どうぞ」
白石くんの大きな左手にちょこんとのっかるぷっちょ四粒。
「これくれへんかったら、俺姓さんにいたずらしてしまうとこやったわ」
「トリックオアトリート?」
「そうそれ」
「白石くんって、意外と子供っぽいんだね」
「そう?」
「あ、いい意味だよ」
「どうゆうこと?」
「えー、かわいいなって思った」
今までにこにこしていた白石くんの表情が変わった。少し唇を尖らせて、はあ、と大きなため息。わたしは何か彼の気に障る言葉を言ってしまっただろうか。
「なんでかわいいやねん…」
「あ、ごめんね?男の子にかわいいは駄目だよね」
「ちゃうちゃう、それとちゃうんやけど、いやそれやねんけど、」
参ったようにうなだれる白石くんはやっぱりちょっとだけかわいい。でも白石くんが嫌がるからかわいいって言うのはやめておこうかな。
「…あんなあ姓さん」
「うん」
「俺好きな子には、かっこええって思われたいねん」
ぱっとこっちを見上げた白石くんの目が、さっきの優しい白石くんじゃなくて、真剣な目だった。てゆうかどさくさに紛れて好きな子とか言わなかった?白石くんってこんなにかっこよかったの?
ハロウィンに浮かれる三年二組はまだまだざわついている。わたしと白石くんの机ふたつぶん、この騒がしい世界とは違う世界になってしまったようだ。