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(あ、幸村くんと、…弦一郎)
見事に遅刻した。名の携帯には着信もメールも無かった。名はひどく寂しくなった。
昼休みの廊下に見えたのはついこの間までテニス部の部長だった幸村と、真田の背中だった。
幸村と目が合った。真田は名の方に振り向くことはなかった。
「真田くんのとこ行かないの?」
友人に声をかけられて、名は我に返った。昨日のことを思い出して、顔が熱くなった。
「うん、今日はいい」
目が合った幸村に軽く手を振って、名は友人と共に真田と幸村に背を向けた。
「今日は弦一郎と喋る気分じゃないし」
まるで自らに言い聞かせるように言った。それは確かにそうだった。昨日自分自身がしたことが信じられないし、それを真田に謝るべきなのかどうなのかもわからなかった。気持ちの整理がついていなかったのだ。だから、真田に背を向けた。
「名」
後ろで低い声が聞こえた。名は歩き続けた。聞こえないふりをした。
「名」
歩くのが早くなった。友人は戸惑っている。
「名!」
名は走り出した。だが運動部である真田の反射神経にかなうはずもなく、すぐに腕を掴まれた。ほんの数秒、名は抵抗したが、すぐに諦めた。その動作の中で、名が真田の方を見ることはなかった。
「…何故逃げる」
「き、今日は弦一郎と話す気分じゃないの!」
名にとって最大限の力で真田の腕を叩く。そうしているうちに自由な腕も掴まれた。なんだか泣きたくなってきた。情緒不安定な自分に腹が立った。だが溢れるものは止められない。
「離してっ…」
真田は動揺からか、名の腕を掴む力が緩んだ。それを見逃さなかった名は渾身の力で振り切って走り出した。真田の足は動かなかった。
「フられた?」
「……わからん」
まだ人が多い廊下の真ん中で、幸村に話しかけられるまで真田は立ち尽くしていた。頭の中に何か重いものが残ったままだった。

0715
こんなにも歯痒いものかな

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