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サソリが里を出て行った。
矢庭に現れたと思ったら私の手を取り、左の薬指の指輪をひったくって野球のピッチャーよろしくかなぐり捨てた。今よりずっと小さい頃、ずっと一緒に居ようねという子供っぽい可愛らしい約束を交わした際に、その意味も知らずにお揃いで付けた今は所々錆びた鈍く光る指輪である。サソリが寸法を測り一から作って字まで彫金してくれた。傀儡を作るのが上手かったサソリは、なかなかどうしてそういう事に関しても子供だてらに器用だった。
あっという暇もなく、ひったくり常習犯も舌を巻くのではと思う程の目に追えない素早さで奪取されてしまったそれは、確認はしていないがきっと綺麗な放物線を描いて何処かへ落ちてしまった事だろう。余りにも余り過ぎた出来事に虚を衝かれ、あんぐりと口を開けたまま茫然自失としていた私が状況を飲み込み憤慨する前に、サソリはこちらに一瞥もくれず何も言わずに遁走した。転んで膝をずる剥けば良いのにと思いながら目視したサソリの白い指に、指輪は無かった。
里を抜けたと知ったのは、その翌日の事である。


わさわざ指輪を捨てたのは、そういう事だったのかと知らせを聞いて理解した。約束を反故にする意味で捨てに来たのか、単に自分に関する物を全て消し去りたかったのか。ヤツの胸中は私の知る所では無いが、そのどちらにせよ、普段から指輪に関して何の感慨も無い様であったから、サソリが指輪を気に掛けたという事実に驚いた。私が身に付けていただけなのだから指輪からサソリの居場所を割り出すなんて先ず出来ないだろうし、どうでもいいならばそのまま放って置いて自分の持っている片割れだけ捨てれば良かったのだ。
それと同時に無性に腹が立った。気分はまるで長年連れ添った旦那に三行半を突き付けられた嫁。そもそも約束に指輪を使おうなんて言い出したのも、幼き日のサソリである。それなのにこんな一方的に切るなんて。憤りながらも、友情か恋情かは分からなかったが、私とお前は永遠を誓い合った仲ではなかったのかと、スカスカになってすっかり寂しくなってしまった自分の指を悲しく思った。
一連の騒ぎが下火となった頃合いを見計らって指輪を探しに行ったが、砂漠の砂が隠してしまったのかどうしても見付ける事は出来なかった。


あれから何年か経って、ヤツは私の前に戻ってきた。サソリといえば懐かしい。赤砂を名乗っているだとか、暁に入っただとか、ちらほらとサソリの噂は耳にしていたが、私が検死官として、サソリが解剖される対象として検死室で再び相まみえる事になろうとは。褪せてぼやけた記憶が像を結び、輪郭を形作る。ああ、確かにこんな顔だった。私が最後に見た、あの時のサソリのままである。
検視台に横たわる姿は歳を取った私とは対象的に相変わらず綺麗で、自分を傀儡に作り変えた事にしても、その末路が別の奏演者に譲られるにしても、永久の美を追い求めていたサソリらしいといえばサソリらしい。硬質な肌は血色の良い色をしていて、今にも開くのではないかと思ってしまう伏せられた瞼に、自分があの頃に戻った様な妙な錯覚を覚え、くらりと眩暈がした。
外殻はそれ専門の者に任せるので手近なストレッチャーにサソリの身体を移動させた。人を傀儡化する仕組みの解明の為に、予め取り出して金属トレーに乗せていた核を切開する。傀儡となってしまったサソリの、命とも呼べる唯一の肉体部分だった。


「左の薬指は血管が直接心臓に繋がってるって信じられていて、命と心に一番近い指として、神への聖なる永遠の誓いとされていたんだって」

「くだらねぇ。そんな女々しいモノを信じてどうする。永遠の誓いなんて、誓った当人同士が不老不死でもない限り成り立たないだろ」


浪漫の欠片もなく、くだらないと吐き捨て一蹴する割には、指輪は律義にいつもサソリの白い薬指に居座っていた。成長してサイズが合わなくなってくると、ついでだと言って私の分も調整してくれた。傀儡を使うのにも邪魔になるだろうし、付けていれば良いのだからわざわざそこまでして薬指に──強いて言えば指でなくとも良い──嵌める必要は無い。無知だった子供の時とは違って、意味も当然知っているのだから。じゃあ何で薬指に付けてるのと言い及べば虫除けだとか、利き腕じゃない方の薬指が一番動きが少なく落としにくいだとか、兎に角尤もらしい事をスラスラと並べ立てた。口が立つサソリに、未だかつて論争で勝った試しが無い。確かにサソリは年下から同年代、果ては年上にまで幅広くモテていたし、薬指に関しても嘘では無いが、やはりどうしても腑に落ちなかった。けれどサソリが当たり前の様に薬指に指輪をしているから、私も自然とそれに倣っていた。この指輪がこの手にある限り、サソリとの仲は永遠なのだと信じて疑わなかった。
だからいつもの様に脂下がって、傲慢に、人をけしかける軽さで、一緒に来いと一言くれれば。私はきっと、サソリに着いて行っただろう。あの時交わした約束は決して嘘ではなかったというのに。


くだらねぇと言った、アンタも大概、くだらない。


切り開かれた核の中には、心臓の様な器官の隣に二つ、金属が入っていた。
てっきり捨てたものだと思っていた、所々錆びた、鈍く光る指輪である。

20130611
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