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「下手くそ」


思い切り放ったクナイは的である林檎ではなく、サソリさんの頬をギリギリで掠め壁に刺さった。
整い過ぎた秀麗な顔に入ってしまった傷を気にするでもなく、「お前本当に忍なのか」と毒づきながら、サソリさんは乱暴な手つきで自分の顔の真横に刺さっているクナイを壁から抜いた。


「何でまともに当てられねぇんだ。ちゃんと忍者学校卒業したのか?」


クナイが不得手なのは自分でも重々承知している。仮にも傀儡使いであるのだから、敵に間合いに入られそうになった時の牽制の一つとして重要であるのも基本として理解しているし、感知タイプでもあるという自分の性質の上に胡坐をかかないよう常々精進しなければとも思っている。けれど彼の頭の上に乗せた林檎を的にするという出鱈目な練習法では、当たるものも当たらないというものではないだろうか。
いきなり現れて唐突に「クナイの投げ方を教えてやる」と言われた時にはびっくりしたが、傀儡部隊の天才造形士と謳われる忍のあらゆる能力に秀でたサソリさんにクナイの投擲練習を御教授頂けるのは有難い。優秀な指導者にその権限を大いに振るって獲得した貸し切りの修練場。条件だけ見れば完璧である。しかし肝心の指導者は自分の眼前で頭に林檎を乗せて、おまけに腕まで組んでいるのだ。
もしかしたらサソリさんに当たるかも知れないという、実戦で言うところの心理的負荷を掛けた状態を再現した練習なのだろうけど、そんな面白い状況でさぁ当てて見ろ(ドヤ顔)とか言われても無理な話である。寧ろギリギリ頬を掠っただけでも褒めて欲しいくらいだ。


「…………。同色過ぎて林檎とサソリさんとの境目が分かりません。せめて洋梨にしましょうよ私ラ・フランスが好きです」

「何どさくさに紛れて自分の好み主張してやがる。張っ倒すぞ」


林檎を頭に乗せながらそんな事を言われても、である。部隊が一緒な為そこそこ長い付き合いでそこそこ気心が知れていて、立場上先輩後輩ではあるが歳も同じなのもありどうしても真面目には出来ない。
サソリさんは眉間に皺を寄せながら頭の上の林檎を取ると、私に投げて寄越した。


「其処に立って林檎を頭に乗せろ。オレが手本を見せてやる」


顎で指示され場所に立つ。渋々頭の上に林檎を置いた瞬間、風切音が鳴ったかと思うと林檎が四散した。
果汁が顔に滴る。
砂漠の里ではそこそこ高価な林檎を惜しげも無く粉砕する辺り、とてもサソリさんらしい。そして一体どんな強さで投げたらこんな風になるのだ、というか私まだ林檎から手を離して無かったのだけれど。……とんだ鬼畜野郎である。
勿体無いので頭の上に残った林檎の残骸は取って口に入れた。甘い。割とお高い林檎のようだった。


「この程度、忍なら難なく熟せる筈なんだがな」


サソリさんは然も余裕といった風に、クナイを放った方の手をヒラヒラさせた。


「だから苦手なんですって。そもそも何ですかあの良く分からない練習方法、私には難易度高過ぎますよ」

「……練習にはもってこいだろう。クナイで人も碌に殺せねぇようじゃ、いつ迄経っても正義の味方にはなんねぇぞ」

「その正義の味方とやらが何を指しているのか分かりませんが、言っちゃ何ですけど、今の砂の里自体が正義では無い気がするのですが……」

「良いも悪いも、勝てば官軍だ」

「それは、」

「味方だった奴がいつ裏切るか分からないご時世だ。敵が誰であれ、余計な事は考えずに殺す事だけを考えろ。でないと早々にこの世とお然らばだ」

「…………」


押し黙る私に、サソリさんは「あとは自分で練習しておけ」と一体何処から出したの余った林檎が詰まった箱を押し付けた。大人買いしていたのかこの人は、変なとこケチな癖に妙な所で金遣い荒いな。悪いが林檎を人の頭に乗せた練習をする気は毛頭無いので、暫く林檎には困りそうもない。
貰ったものの一人で全部美味しく食べてしまうのも気が引けるので、折角買ったのだから一つくらいは食べて下さいと林檎を投げれば、受け取ったサソリさんは一瞬の間をおいたあと、例えば猫が唸るみたいな不機嫌そうな声で「あぁ」と言って帰って行った。去り際に見えた、血はおろか肌を切った時の赤い色さえ見せない様相を呈する傷が傀儡のそれに似ている事に、私は気付かない振りをした。思えばこの時既に彼は里抜けを決意していたのでは無いだろうか。
一週間後、サソリさんは里を抜け、私は感知タイプ且つ抜け忍サソリを良く知る者として直ぐに追い忍の任を与えられた。サソリさんが私にクナイを指南してくれたのは、暗にこの事を指していたのかも知れない。何らかの方法で傀儡となってしまった彼の良心が僅かばかり残っていて、敵となる自分を止めて欲しかったのだと思いたい。


私がこれからクナイで狙うのは林檎ではなく、サソリさんのあの赤い頭である。クナイと言わず持てる全てのチカラを以てして彼を抹殺しなければならない。もしサソリさんがそれを望んでいるなら尚更だ。
けれど私にはどうしても、サソリさんの言う正義の味方とやらにはなれそうにも無かった。


あの子と私でウィリアム・テルごっこ

20130611
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