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私は庭いじりばかりする割に、植物を育てるのが苦手だった。今まで何本の草花を枯らしたか分からない。子供がしばしば学校の教材として用いる比較的育てやすい植物も、どうしてなかなか、私の手にかかると上手く育ってくれないのだ。我が家の申し訳程度の広さしかない庭は、私が手を掛けた為に面積よりも茶色く荒れた面積の方が多いくらいだった。家業が庭師の庭としては大変見目宜しく無い。下手の横好きも良いところである。
純粋で繊細な子供だった私はその度に項垂れた。可哀想に私の所為で無残にも茶色く枯れてしまったそれらを眺めて、ネジが呆れた様に「また枯らしたのか」と呟くのが常だった。


「お前にこれをやる」

「何これ、何かの苗?」

「捩花だ」

「ちょ、捩花って、自分の名前入ってる植物人に渡すとかどんだけ自分好きなの馬鹿なのナルシストなの?」

「……枯らしたら八卦六十四掌な」

「やだ何ソレ怖い」


懲りずに庭弄りをしている時にネジが突然渡して来たのは、何だかよく分からないヒョロイ植物の鉢植え、しかも寄りにも寄って本人の名が入った花だった。螺旋状に捻れて蕾を付けてるところが植物の癖に実に良く奴の性格を体現していると感心した。しかし何で急にコレをと訊く前に、ズカズカと木柵を越えて人の家の庭に踏み込んで来た勢いそのまま何の説明も無くネジは颯爽と姿を消した。相変わらず意味が分からない。
取り敢えず八卦六十四掌とやらを食らう訳にはいかないので自室の本棚から分厚い植物図鑑を引っ張り出して調べてみれば、捩花は露地栽培なら兎も角鉢植え栽培の難しいラン科の植物だった。
私は朝顔も枯らす女だぞ。何でそんな難易度の高いものを、しかもわざわざ鉢植えで渡してきやがるんだ。絶対捩花の事を知らないままに、野菜栽培キット的な認識の軽さで持ってきたんだろうと憤慨したが、何しろチキンな為に素直に育てる事にした。


木の葉の里は言わずと知れた忍の里であるけれど、そのコミュニティーの中には少なからず忍では無い普通の人間が存在する。里を形成する上で忍だけでは成り立たないのは道理だろう。忍者が副業として何かしらの職を持っていたり、最早その副業が家業と化している例もあるが、食べ物屋や販売店、専門的な技術が要される職業などは特に一般人が多い。私もその中の一人で、将来は父の様に立派な庭師になるのが夢だ(以前それをネジに話せば失笑された)。
忍になるのがステータスであるかの様に子供をアカデミーに入れる風潮の中、至って普通の教育を受けて育った私があの白眼と柔拳で名高い日向家の坊ちゃん、もといネジと知り合ったのは、何て事はない単に家がご近所さん(差が有り過ぎてご近所さんといってしまうのも烏滸がましいので御近所様と言った方が良いかも知れない)だったのと、庭の手入れをする際に決まって着用していた斬新な出で立ち──日除けの為に目深に被った頭に不釣り合いな程大きな麦藁帽子、白いワンピースにおば様方の必須アイテムである二の腕まで隠れる紫外線防止手袋(因みに首には手拭いを掛けていた)──で黙々と草を引っこ抜く私の様子が奴の白い目には大層奇妙に映った様で、気紛れに話し掛けてみたらしい。それに対して私は初対面の人間に文字通り白い目を向けて来たネジの事をかなり失礼な奴だと思っていた。
お互いが可笑しな奴だと思い合う最悪なファーストコンタクト経てからというもの、庭の惨状を見てはまた枯らしたのかとネジが鼻で笑い私が息巻く、そんな知り合い以上友人未満の曖昧な関係は不思議と途切れる事は無かった。ネジが下忍になり、更には中忍、上忍と昇格すればする程、ネジが家の庭を訪れる頻度は減ったが、それでも何故か私が何かを枯らした時に限って、さながら現行犯を虎視眈々と狙う昼ドラのベテラン刑事の如くタイミング悪く現れるのだ。なんて意地悪く、間の悪い。未だに奴が何をしたかったのか理解出来ない。しかし私は耳にタコが出来る程聞いた嫌味の様な常套句も、この距離感も嫌いではなかった。
ネジの影に怯えながら決して枯らすまいと必死に育てた捩花は、暁が九尾を狙い木の葉の里を一時壊滅させた時も、鉢植えだったお陰で持って逃げる事が出来たので難を逃れた。鉢植えで渡されたのには腹が立ったが、その時だけは神様に感謝した。何が何でも八卦六十四掌の刑には処されたくないという思いに突き動かされていたからである。私の家の様子を見にやって来たネジにドヤ顔で捩花の鉢を見せてやれば、ネジは満足そうな顔をして、二言三言言葉を交わしたけで任務があるからと早々に去って行った。
その後何度か顔を合わせる事はあったが、第四次忍界大戦が私の与り知らないところで始まり終わったのを境に、ネジが家の庭に訪れる事は無くなった。例え日向さんちが家業のお得意様だったとしても、家同士が特段仲が良い訳ではないのでネジがどうなったのか訊く事は出来ないが、来なくなったという事は、そういう事なのだろう。


私は忍としてのネジを知らない。
実のところ庭で話した以外のネジを知らないのだ。特殊な能力を使う名門の一族の出だとは親に聞いて既知であった。恵まれた系譜の生まれに関わらず一個人として成績優秀、文武両道といった、才色兼備な者に使用されるテンプレな賞賛を受ける様な人物。その忍としての華々しい評価や活躍は何度聞いても別の誰かの話ようだった。私からすればただのロン毛である。そう思いながらも、頭の何処かで住む世界が違う事は理解していた。ずっと木柵越しの遣り取りをしていただけで、ネジが庭にまで入って来たのはあの時が初めてだった。


もう奴の微言を耳にする事は無い。あのふてぶてしさは、ネジにしか出せないだろう。けれど捩花を枯らしてしまった頃に、またひょっこり現れるのでは無いだろうか。万が一にでも八卦六十四掌とやらを行使される訳にはいかんので、取り敢えず私は忘れず捩花に水を遣っている。少なくともいつか私があの世に行った時に六十四掌される様な危険性は回避しておきたかった。後々鉢植えどころか株分けに成功し庭に自生する迄に増えた捩花は、代わり映えのしないヒョロイ茎をそよそよと風に靡かせている。今日も今日とて捻れた様に、しかし真っ直ぐに伸びる淡い桃色。
私の一番好きな花であり、ネジと私のただ一つの繋がりである。

20130611
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