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「ぶぇっくしょい!」

「口押さえろよ汚ねぇな」


先程止んだ雨と今が夕方であるのも相俟って、日中より著しく下がった気温に身震いしながら元親は溜息を吐いた。二人共傘を持っていないという失態を犯し為、只今絶賛濡れ鼠中である。夕立に降られビショビショに濡れて重くなった制服は勿論冷たいが、奴が寄越して来る視線の方がよっぽど冷たい。しかも痛い。一見呆れている様だが、明らかに人を小馬鹿にした、蔑すみに近い感情を含んでいるのを私は見逃さなかった。その目は元就の専売特許ではなかったか元親よ。そんなもん継承するな。
性格の悪い友人譲りの手痛い視線を頂いてしまった私は、汚くて悪かったなちくしょーと取り敢えず街頭で貰ったポケットティッシュを取り出し、プリントされた美人のお姉さんの微笑みで自分を慰めつつ人目も憚らずズルズルと鼻をかんだ。……またあの視線を貰った。
風邪をひいてしまったんだからしょうがないじゃないか出るモンは出るんだと誰に言い訳するでもなく溢し、仕返しのつもりで私の数歩先を重い足取りで歩く元親のブレザーのポケットに使用済みのティッシュを詰めてやる。「うげ」という心底嫌そうな呻き声。中々傷付く反応である。そして即座に汚い物を摘まむ様(事実汚い)にして投げ捨てられたティッシュは、勢いの割に大して重さも無い為飛距離も伸びず、また私の手元に戻って来てしまった。お帰りなさい。


そもそも滅多な事で風邪をひかない私が風邪で苦しむことになるのは、大体が元就に移されたのが原因である。成長に失敗したひょろいモヤシの様な身体をしたあいつは、免疫力もモヤシ並らしく、事ある毎に風邪をひいていた。元就が風邪をひくとあら不思議、何故か図った様に私が風邪に掛かり、私が苦しんでいる間に元就の風邪はあっという間にけろっと治っているのだ。この風邪も元就に移されたものである。「貴様は我の身代わり地蔵のようだな」なんて意味不明な事を奴は言っていたが、はっきり言って迷惑極まり無い。元親や周りの奴等は移らないのにも関わらず、元就ブランドの菌に私は滅法弱いらしく、奴が風邪を引く度百発百中の確率で移っている。私の風邪は全てメイドイン元就だった。


そして今日、その元就が死んだ。自殺だったらしい。自殺に関して迄も元就は何処までも元就らしく、用意周到に事前に薬やら何やら用意していたようで、死に顔は決して惨いものではなかった。綺麗な顔してるだろ的な某野球漫画の名シーンをまさか自分が体験するだなんて夢にも思わなかった。
事前にという事は、前々から自殺を考えていた事になる。いつも通り学校に通い、私や元親達と喋って笑っていたあの時から。自殺を決意した事をひた隠しにして。
どうして何も言ってくれなかったのだ。どうして、どうして。私はお前の身代わり地蔵とやらではなかったのか。今まで散々風邪を移しておいて、こういう大事な時に限って何もない。


「アイツ、何で自殺なんかしたんだろうな」

「……知らない」


雲間から覗くオレンジの空を眺めているのだろうか、遠くの方を見遣る元親がぼそりと呟いた問いに私は答えられなかった。知らない。何も知らない。元就は薬は準備しても遺書らしき物は一つも残さなかった。最後迄何も言ってくれなかった元就の事なんて、私が知る由も無い。


「へっくしッ」


ズルズルと鳴る鼻を、握り締めた所為で手の中で丸まっていたティッシュで軽く拭く。あーあ、こんな置き土産だけ残して逝くなよ馬鹿野郎。鼻の奧が少しツンとした。
風なんか全く吹いていないのに、寒くて寒くて仕方が無い。

20120924
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