short | ナノ



元就が結婚する。プロポーズも既に済み、後はゴールイン迄秒読み段階だという旨の話が本人の口から飛び出た(奴の性格からしてもっと堅苦しい言い方であったが)。
そんな幸せな報告を元親と私が揃っている時にするなんて、わざわざご丁寧な事だ。結婚する、なんていう予定の話はいいから、どうせなら式の招待状でも送り付けろ、寧ろ今この場で叩き付ける勢いで来いよ。
テーブルの真向かいに座る元就にそう息巻いた私は、残念な事にその話を持ち出された場が酒の席であった為語調は普段にも増して著しく悪かった。そういう大事な話は、飲み屋ではなくもっとそれに相応しい場所でして欲しい。


それにしてもこの男が結婚するとは思わなかった。元親も私も、さっきから酒を飲むかその話をするかしかしていない。そもそも結婚なんて、氷の面と呼ばれた元就には似合わない単語だ。結婚の文字の前に政略とでも付くなら話は別だが。それこそ契約や謀略などという物騒な単語の方がよっぽど似合っている。
結婚式は和式なのか洋式なのだろうかと聞いてみたい気もしたけれど、『和式? 洋式?』と尋ねるのはトイレの好みを話すみたいなので、個室でないのもあり周りの客に憚られて止めた。トイレの話も元就には似合わない。『結婚式は和式か洋式のどっちで挙げるの?』と、丁寧な文法で話せば済むのに敢えてそれをしないのは、回り口説い丁寧な物言いは私の性格じゃない上に何しろかなり酔っていた為、そんな芸当はとてもじゃないが出来いからだ。どうせ伝統を重んじる元就の事だからきっと和式なのだろう。仮に洋式で挙げたとしても、奴には誓いのキスなんて柄ではないのが目に見えているし、あの仏頂面で皆に祝われながらライスシャワーを浴びるなんて以っての外。元就の性格を嫌と言う程知っている私達ならは苦笑い済むが、花嫁の親族は確実にどん引きだ。かといって笑顔でもかなり不気味だが。そんな元就は物静かな幸村くらい有り得ない。多分無表情にしろ笑顔にしろ、洋式で挙げるとか言い出したら元親あたりに止めて貰う事になる。


「で、何てプロポーズしたんだよ?」


女の方が気になるであろうポイントを突く元親は流石姫若子だけある、と頭の中でうんうんと頷いた私は、先程の洋式という名の強行に走ろうとする元就を優しく諭す、男らしい元親像を即座に打ち消さねばならなくなった。考えが乙女だから賛同する危険性がある。もしもの時が来たら、意外に常識のある伊達か慶二、若しくは佐助に任せよう。元就が洋式を選んだ場合の対処法を後で元親にメールか何かで相談しようと考えていたが、これもまた心の中で不発に終わった。よし、メールの送信先は変更だ。


「貴様が期待する様な求婚なぞしてはおらぬわ。指輪を渡して、結婚してくれと言ったまでよ」

「一生我の捨て駒となれとか何とか突飛な事言ったのかと思えば案外普通じゃねぇか。アンタにしちゃ上出来だが、ちと普通の度が過ぎて愛想がねーな。もし相手がなまえならもう一度やり直しを要求される所だぜ?」

「黙れ長曾我部、普通の何が悪い。大体なまえは理想が高すぎて基準にはならぬ」

「ははっ、違いねぇ」


ほっとけ、と悪態をつきながら、コップに僅かばかり残った酒を喉に流し込む。人の事を好き勝手宣う二人のお望み通り、はっ月並み、と元就よろしく鼻で嘲笑してやりたかった。飲み過ぎた所為か酷く胸焼けがする。いつもの下らない中身の無い会話はいつするかも未定な結婚話で持ち切りで、なんだか妙な居心地の悪さを感じた。取り敢えず今の気分を打ち払おうと、一方的に話の華を咲かせている元親を華だけに鼻で笑ってやろうとしたら、鼻に何か引っ掛かったみたいになって上手く出来なかった。


「毛利は結婚するから一抜けとして、この三人の中で一番遅くに結婚すんのはなまえかも知んねぇな。お前昔っから理想高かったし。高校ん時結構告られてたのに片っ端から袖にして、しかも理由は平凡過ぎるときたもんだ。まぁ理由の一つに三人でずっと一緒に居たいってのは嬉しかったけどよ」

「ふん、此奴に告白するとは余程物好きな奴らよ。三人ずっと一緒なぞ無理に決まっておろう。蓼を食う虫で妥協せねば、葉が歳を食えば寄り付かなくなるぞ。行き遅れたくなければそろそろ諦めて、理想と現実の区別を付ける事だな」

「うっさい。お前の婚約者の方が蓼食い虫だっつーの。てか私を酒の肴にすんな」


こんな男と結婚したいなんて物好きがよく居たなとしみじみ思う。逆を言えばこんな性格の悪い男が本当によく結婚出来たものだ。結局元に戻って来るあたり、私の中での論点はどうやら其処にあるらしかった。
幼馴染みだったのもあって何の運命か幼稚園から小学校中学校、果ては高校も同じ。元就が阿呆みたいに優秀で元親もそこそこ頭が良かった所為で流石に大学はバラバラだったが、長年続いた腐れ縁はそれ以降も切れる事がなかった。離れる事は無いものだと思っていたのに、無愛想に輪を掛けた様な元就が、もう直ぐ人の物になる。そしたら以前紹介されたあの可愛らしい彼女が奥さんな訳で。家で待っている人が居るのに、こんな風に深夜まで飲む訳にはいかなくなる。あんまり遊べなくなるなぁ。そう思うと少し寂しい気もした。
笑いながら元親が、酒を煽った。


「まぁ、何にしろめでてーな」

「本当、良かったね元就」


無口で無愛想で仏頂面だけどきっと元就の事だから、月並みな言葉を贈られたあの可愛らしい彼女は、きちんと月並みに愛され月並みに幸せな生活を送るのだろう。元親のそれに乗じて私も酒を煽り、月並みな祝いの言葉を並べた。「あぁ」と素っ気ない返事をした元就は相変わらず機嫌の悪そうな表情には変わりなかったけれど、微かに緩く微笑んでいた。今まで見た事も無いその満ち足りた顔を見て、私は鈍器で後頭部を殴られた様な衝撃を受けた。嬉しいのか泣きたいのかよく分からない気持ちになった。
私は別に理想が高かったじゃなかった。特別が欲しかった訳でもなかった。有り触れた言葉を貰いたかった。
それが叶わないのならずっと三人で居たいと、無意識の内に思っていた。


「おめでとう」


例えばあの子が貰った様な月並みな言葉を、私はただ、元就から欲しかったのかも知れない。
結局、誰も止める事が出来なかった洋式で結婚式を挙げている二人を眺めながら、私はぼんやりと思った。
結婚なんて似合わないって言ったけど、皆に祝福されて幸せそうな今の元就には、悔しいけどとても似合っているよ。

20120217
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -