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同居人もとい恋人の元就がふらっと外に出掛けて行った。
流石に三年も同棲してるので、何も言わずに突然行動を起こして周りを驚かす事にも慣れ、珍しい事もあるもんだとしか思わなかった。いやはや本当に珍しい。外出嫌いなのに。
二十半ばをいく男に、一人軽く子供が初めてのお使いに行く様な感覚を覚えていたら、何て事は無い、直ぐに帰って来た。
ははーん、これは近所の本屋に行って来たんだな、と律義に靴を揃えて脱いでいる元就に視線をやれば、案の定いつも(主に元就が)お世話になっているコストカットされにされまくった紺色のぺらぺらの薄いビニール袋が目に入った。
普段なら私の頭では理解出来そうもない数学や物理の更に上を行く様な難しい本、やたら難解な事柄を題材にした評論、はたまたもう未知の領域の英文学などなどの賢い本ばかりを愛読する為比較的に小さい袋であるのに対し、今日は割と大判の、雑誌が入る様な大きさの袋である。袋の端はやはり破けていた。
珍しく外出した元就がこれまた珍しく買って来た雑誌は、私の興味をそそるには十分過ぎる代物だ。これはもしかしてもしかすると、大人の本を買って来たのかも知れない。と、勝手な想像を巡らせる。今まで何度か元就が何処かにアダルト本を隠していないかとベッドの下や本棚、私の可能な限り思い至るありとあらゆる場所を捜したが、結果的に全く見付からず、逆に家捜している現場を元就に目撃される羽目になったという過去がある。私はコイツは本当に健全な男なのだろうかと、元就は私が本当に女なのかと互いに疑惑の目(奴からの視線には軽蔑も含まれていた)を向け合った事は今や良い思い出となっていた。
ああ、半透明な紺色のビニール一枚で表紙が見えないのがもどかしい。


「ねぇ、何買って来たの?」

「其方に見せなければならぬ道理は無いぞ」

「ケチ。エロ本か何かじゃないの?」

「我がその様な下卑た雑誌を買い求める訳が無かろう」

「じゃあ見せてよ」

「ならぬ」


顔の険を強くし、頑ななまでに袋の開示を拒む元就に私はいよいよ確信する。
間違いない。雑誌はズバリ、エロ本だ。
そうと分かれば行動あるのみ。女の勘を働かせた私は頭脳──元就に色々残念だと評価されている──をフル回転させ計算式を素早く弾き出し、人生で最も速いのではないかと思われる俊敏な動きで元就から雑誌を袋ごと奪取したのだった。


「なッ!? 貴様、今直ぐそれを我に返せ!」

「やなこった。フハハ、貴様の弱点見付けたり!」


この焦り様は間違いない。どこぞの悪役よろしく不敵に笑った私は、奪った雑誌を日の下もとい元就の絶対的な崇拝対象日輪に晒さんと袋に手を掛ける。
しかし丁寧に袋の口にテープが貼られている為上手く開けられず、瞬時に店員さんの親切もろとも無造作に破り捨てるという強行に走った。エロ本の袋綴じの開封にあくせくする世のスケベオヤジの様に、エロ本であるかそうでないかの確認をする為だけに袋を破らねばならないとは何とも皮肉な事だ(偏見)。無惨に裂かれた紺色の外皮から覗いたピンク色の表紙に口の端を吊り上げながら、一気にビニールを捲り上げた。


「アレ? ……えっ?」


セクシーでウフンアハンなお姉さんがこれみよがしに鎮座する雑誌を期待した私は、驚いて目が皿の様になった。
表紙のカラーはピンクはピンクでも予想を裏切る可愛らしいパステルカラーのピンクを基調とし、画面の真ん中では清楚な女の人が、──ウエディングドレスを着ていた。


「元就、これって……」


明らかにエロ本などではないそれは、ウェディングに関する情報雑誌だ。ほうけて雑誌から目線を上げ元就を見た私は更に驚かされる事になる。


「……見て分からぬのか」


呆れた様な口調で呟いたその人の顔は、今までに見た事が無くらい赤かった。まるで林檎みたいだ、なんて言葉を元就に使う時が来ようとは。今後拝めるか分からない貴重なその顔を焼き付けようとまじまじと直視していたら、案の定有無を言わさず頭をはたかれ、そっぽを向かれた。
ウエディングドレスを楚々として身に纏った女の人は表紙の中で幸せそうに、私に微笑み掛けていた。

20120118
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