short | ナノ



「俺様、アンタの顔を見てると無性に苛々するんだわ」


茜が差す放課後の教室に健全な男女が二人、愛の告白、はたまた色事の一つくらい起こっても可笑しくはない状況下で唐突に、しかもよりにもよって辛辣な台詞が佐助の口から飛び出し、平和な教室内が殺伐なものへと一変した。
伊達に並び女性経験の豊富な彼の事だ。場の雰囲気によりけりだが、いつもならば軽く口説くくらいの事には及んでいたかも知れない。……相手が嫌いな女でなければ、の話だが。
目の前で毒を吐かれた張本人、なまえは一瞬キョトンとした様子で佐助を見ていた。何の脈絡もなく余りに突然であったので当然と言えば当然、至極当たり前な反応だが、直ぐに今やるべき作業を再開する所が変に律義である。
因みに、彼女は佐助に迫ったとか色めく様な真似をした訳でも、彼を怒らせる様な発言をした訳でもなく、単にクラス委員の仕事を二人で熟していただけ。そんな軽蔑をたっぷり含んだ言葉で毒づかれなければならない謂れは皆無な筈だ。
目線は手元から上げず、何故、と言った具合になまえは首だけを小さく傾げた。


「どうして?」

「ごめんねー。何でか分かんないけど、アンタの存在全てが腹立つんだよ。馬が合わないってやつ?」


そんなに係わりは無いのにね?と、佐助は外人さながらに肩を竦めおどけて見せた。
なまえは最近、この学校に通う様になった季節外れの転入生だ。委員の仕事をするまで佐助は喋った事は疎か目が合う事も無かった。それなのに敵だと見做し嫌っているのだ。性格が合わないも何も、係わり合いすら無かったのだからそれ以前の問題である。
佐助はあたかも好意的であるかの様に口元に笑みを張り付ける。けれどその瞳には氷の様な敵意しか宿しておらず、なまえの全てを見透かし一挙一投足迄見逃すまいとする様に細められていた。
なまえは黙々と作業する手を止めない。


「要するに、俺は、アンタが嫌いって事」


嫌い。そんな言葉を使わずとも分かる筈だ。
それでも佐助はとどめの様に痛烈に言い放った。表情はいよいよ笑っていない。
パチリパチリと彼女がプリントを留める場違いなホッチキスの音だけが教室内に響いていた。
突如飛んでもない事実を自ら発露し、隠す事なく敵意丸出しな佐助も佐助だが、しかし彼の刺す様な視線諸々を見事にスルーし続け、未だ根気良く仕事を進めるなまえも中々のつわものである。
佐助は良くも悪くも学校では中々に有名で、女子からは憧れの的と言える存在だ。普通なら学校の人気者から大した理由もなく嫌いだと告げられれば泣くか当惑するかの何かしそうなものだが、なまえは何も無かった様に完成したプリントの束を綺麗に揃えて重ね、一段落した所で小さく一息ついた。
彼女はそこで漸く、顔を上げたのだ。


「仕方がないよ」


何が仕方無いんだ。佐助の問いは口に出す前に喉の奥で掻き消える事になる。
仕方ない。そう言って破顔一笑したなまえの表情によって。
自分と同じ。目だけが笑っていない。
その顔を、何処かで見た事がある。


──何処かって、どこで?


佐助の肌が粟立った。


「だって君を殺したのは私だもの」


あーあ、また嫌われちゃったね。
何が面白いのかなまえはクスクスと笑った。否、嗤った。
そしてまたゆっくりと、自分の作業に戻る。
パチリパチリとホッチキスの音。
訳の分からないまま置いてかれてしまった佐助は、不快感と違和感がないまぜになった様な不可解な感情を抱いて、暫くただ茫然としていた。暑くもないのに、背中には異様な迄に汗が流れていた。
パチリパチリパチリ。


そもそも彼女を嫌う理由が馬が合わないなどという可愛らしいものではなく、深層心理に焼き付く本能から来る恐怖である事に気付いたのは、彼女が全ての仕事を終え、その旨を伝える為に猿飛くん、と一言自分の名を呼んだ頃だった。
覚えている。じわじわと這い寄る様な言い知れぬ恐怖を、自分は知っている。


ご機嫌よう

20111010
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -