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元就には長らく仕えている一人の駒が居た。次々と他の兵士が命を落とし新しい兵と入れ代わる中、非力な女の身でありながら当然のように残っているのだ。
その女の名は、なまえといった。
どれ程に危険な任務であろうとそつなくこなし戻って来る。彼女が元就の言葉に首を横に振った事は皆無だ。時には裏切り者に制裁を下すという冷酷な命を受けても尚、何の躊躇いも無く遂行するなまえを元就は便利な駒として気に入り、同時に従順な犬の様だと評価していた。
主を守る為ならば、何も厭わない犬のようだと。


「貴様に於いて、我の申す事は絶対であるのか?」

「はい。勿論でございます」

「忠義な事よな。ならば死ねと命を言い渡せば、貴様はその通りに死ぬと申すのか」

「はい」


畏まり低頭しながら答えるなまえを、最初元就は興味の色を含んだ目で眺めていた。普通の人間ならば、どれだけ忠義に厚かろうと多少の難色を示し言葉を濁すに違いない主君の横暴な言葉に対し、しかし彼女には何の躊躇いも無い。その様子に果ては興味を通り越し、半ば呆れ返った。賢いのか馬鹿なのか。忠義にしては、余りにも純粋で真っ直ぐ過ぎるのである。


「ならば死んで見せよ」


呆れ故の、ほんの戯言。
なまえの家は代々毛利家に仕え、先代である彼女の父親も忠義に厚く、絵に描いたが如き忠節振りであった。先代の意志をそのまま継いだかの様な彼女は聡く賢く、元就を身を呈して守る事はすれ、無駄死にして主を守れなくなる元も子もない真似はしないだろうと考えたからである。
元就は薄く笑った。平生通りの、冷たく不遜な態度で。


「何、我も今この場で死ねとは申さぬ故。女とはいえ、一人のもののふ。何処へなりと行き、己に相応しいと思う死に方をするが良い」


なまえは黙したまま、静かに更に低く頭を垂れた。是、という意味である。
まだ幼さの残る華のような面を上げた彼女の瞳は、熱に浮かされた様に何処までも純粋な光を湛え、真っ直ぐに元就を見ていた。その視線とかち合っても、元就は気付かない。底無しの忠義が、決して忠義などでは無い事に。


なまえが死んだのはその翌日の事であった。
腹を十文字に割いた、男顔負けの死に様だったそうだ。
元就の前に差し出されたのは、以前彼が気まぐれで彼女に与えてやった最早形見となってしまった簪と、事の始終を知る家臣の、「何故あのような事を」という、珍しく元就を責める様な言葉だけだった。
大切にされていたのであろう美しいままの簪。彼女の忠義が盲目的な愛だったという己の誤算に、未だ彼は気付かない。そして自分の胸が後悔でキリキリと痛む事が、彼のもう一つの誤算である。

20110627
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