short | ナノ



フェンスを跨いだ私の足元を、ヒューと乾いた風が抜けて行く。
屋上から見上げる空は晴天で、まるで一枚のヴェールを広げているみたいに青い。それに比例してか、私の心もいっそ清々しい程に晴れやかだった。
お決まりのように靴を脱ぎ揃え放課後の誰もいない屋上の淵ギリギリに立つ私は、要するに今から死のうとしている訳だ。
決定打になる様な理由はこれといってない。極普通の家庭に生まれて至極普通に育ち、それなりに幸せな生活を送る絵に描いたような平凡さだった筈だ。けれど、それら全てが虚構の上に成り立っているような気がしてならなかった。言うなれば私一人違う世界に放り込まれたような感覚。その感覚は今まで一度たりとも払拭出来た事はない。そんなフラフラふわふわと不安定な足場の上に立っているうちにいつの間にか何が嘘で何が真実か分からなくなり、ぐちゃぐちゃになった頭の中の収拾が付かなくなった。自分ではどうしようもなくってしまった。
だから、もう良いか、と思った。


下を覗けば、固そうな地面が、今か今かとぽっかりと口を開けて私を待ち構えている。
大丈夫大丈夫、悪くない気分だ。並べた靴もちゃんと綺麗に揃っている。うん、完璧。兎に角早く早くと、気だけが急く。
確かに生きているのに何処か現実味のない世界を一刻も早く終わらせたくて、足を一歩踏み出した。


「貴様、死ぬのか」


見つかってしまった。
半分投げ出す形になっていた足を反射的に押し止め、思わず音の方向を振り向く。
視線で辿った先、錆びた緑色のフェンス越しに居たのは、寄りにも寄って同じクラスの毛利君だった。
喋った事は一度もない。ただ時々目が合うだけの、その程度の関係だ。
声の主が毛利君だと分かると、失礼極まりないが、誰からも冷酷だと評される彼ならば止めるような真似はしないだろうと踏んで安堵した。


「死ぬのか」

「うん、だから止めないでね」


今正に飛び降りんとしていた者にする質問にしては、余りにも愚問で不毛だ。訊く意味あるのか。と思う。


「此処から飛び降りるつもりか」

「うん」

「また、死ぬのか」


毛利君は無表情でじっとこちらを見据えている。鳶色の瞳が、私を捉えて離さない。否、離せない。
無意識にひゅっと、喉が鳴った。


「貴様はまた勝手に、我を置いて死ぬのか」


くらくらと眩暈がする。
風が、吹き荒ぶ。


「死ぬな」


目の前の毛利君と、誰かの残像が重なる。微かに映る若草色。
以前にも同じ台詞を言われたような気がした私は、何故だか無性に懐かしくなって、気付けばボロボロと泣いていた。
あぁ、あぁ。


会いたかったのは、貴方か。




20110627
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