プロローグ


「絶対、大丈夫だよ。」


その言葉はあの子がいつも言っていた魔法の言葉。

わたしには、一生使えない、あの子だけの魔法の言葉がやけに頭の中に響いていた。



木之本桜。
明るくて素直で優しくて、あたたかくてひだまりのような女の子。彼女の物語がわたしは大好き。

…ううん。大好き《だった》


木之本さくら。
それが今のわたしの名前。

あの子の物語はわたしの物語になってしまった。そんなことを望んだわけじゃなかったのに。


さくらちゃん、さくら、さくらさくら……


誰かがわたしの名前を呼ぶ度に息ができなくなる。
その名前でわたしを呼ばないで。
わたしは、さくらじゃないのに。
わたしは柚子なのに。

でも、わたしは、あの子を演じた。
それ以外自分の生きる意味がわからなくて、

あの子になってしまってから、わたしは必死だった。演じて、演じて演じ続けた。

それがわたしの背負うものだと思ったから。

知世ちゃんとも仲良くなって、小狼くんも好きになった。好きにならなくちゃ、って思った。

小狼くんを好きになって、物語の通りに進めれば、あの子はきっと救われるから。

それがあの子を救うことにもなるって信じてた。信じてなくちゃ、わたしは生きていけなかった。


わたしの手首に残る、一生消えることのない醜い傷痕。死にたくて、死にたくて、死にたくて、でも死ねなくて、自分でつけたもの。

キラリ煌めく刃を、自分の手首にあてがうことでしか、わたしはわたしの存在を確認できなかった。

ドロリと流れる赤い血に、わたしはやっと生きていると感じられる。

こんなことやってるなんて、誰にも言えない。だって、止められるのは分かってるから。


そう。わたしは、あの子(わたし)と小狼くんが結ばれるって信じてやまなかったの。

だって、それが運命だから。


「小狼は、私よりさくらちゃんのことが好きですか…?」
「お、おれはっ、知世のが、」
「ふふっ、わかってます!聞いてみただけです!でも、わたくし、さくらちゃんと貴方が話してるのを見てると、さくらちゃんがもっと嫌いになるの。」
「悪かった…」


この会話を聞くまでは。

その瞬間、わたしの中の何かは壊れて砕け散ったのです。


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