一歩踏み出す勇気
ねえ、生きたいよ。
わたしの中の《典明》が泣きながら、そう訴えた。
『〜〜…♪』
ただ謳う。
壊れたように、狂ったように、涙を流しながら、人形のように彼女は謳う。
心地良い唄が、耳に流れる。
素肌が見える。
産まれたままの姿。
「利麻…」
ポツリ、彼が名前を呟く。
ゆっくりと、彼女が振り向いた。
『じょ、たろ…?』
「っ、利麻…」
彼を認識した途端、彼女は顔を青くし、恐怖に濡れた瞳で叫ぶ。
『ぁ、あ、見ないで、見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで!!!』
恐くて、彼に拒絶されたくなくて、
汚らわしい目で見られたくなくて。
自分の身体を隠すように抱き締めながら、彼女は涙を流す。
お願いお願い、わたしを見ないで。
わたしを嫌わないで。
ゆっくりと彼の足音が近付く。
ああ、どうか、どうか、
「大丈夫だ、帰るぞ」
フワリ、彼が彼女を抱き締める。
優しく優しく、まるで壊れモノに触れるように。
『ぃ、やぁ、』
「…大丈夫だ。」
『ダメ、ダメなの、助けて、助けて典明、』
「っ、」
典明の名前を叫ぶ。
わたしが奪ってしまった彼の名前。
典明、典明典明典明、
「利麻、」
『典明典明、謝るからぁ、典明になるからぁ、ごめんなさいぃ、ねぇ、』
「利麻」
『もう、一人にしちゃ、やだよう、』
「利麻!」
『ぁ…』
現実に引き戻される。
そう、ここは現実。夢の中の世界はパチンとシャボン玉のように弾ける。
『あ、いや、じょたろ、はなして、』
「あ?」
『ひとりで、いきられるから』
思い出す思い出す思い出す。
このまま彼に縋ってしまったら、自分は承太郎に依存してしまうことを。
彼がいずれはアメリカの女性と子を授かることを。
自分が吸血鬼の子を孕んでいるかもしれないという事実を。
『や、だ、やだやだ、』
「俺は利麻の中にあいつの子どもがいても気にしねぇよ」
『っ、』
ビクリ、少女が震える。
事実が彼にバレていることを恐れて。
『ぅ、あ、』
「おまえを、愛してる」
『じょうたろ、んっ』
それは最上のキス。
世界で一番愛おしい人からの、最愛のキス。
『ごめんなさい…』
わたし、承太郎のこと愛してしまった。
ポロポロ涙をこぼす少女を抱き締めながら、彼もまた狂気に濡れた瞳で少女を見ていた。
「愛してる」
穢されたおまえを愛せるのは、俺だけだろう?
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