空を見上げると、暗雲が立ち込めている。
ゴロゴロと、雷が鳴る。
あの日以来、鯉伴は家に帰ってきていない。
あの日、私が怪我をした日から。
鯉伴が今、死ぬことはない。
けれど、恐い。
鯉伴に何かあったらどうしようって、不安になる。
それに、原作とは違い、今ここにいる山吹乙女は名前になってる。
だから、鯉伴が死ぬのが今じゃないって、断言できない。
鯉伴に、もしものことがあったらどうしよう。
私に、力があったら、鯉伴を危ない目に合わせなくて済むのに。ずっと一緒にいられるのに。
そんなことを思ってしまうくらい、私は鯉伴を想ってる。
「ねー、せんせー!知ってるー?」
『…ぇ?なにが?』
暗雲の立ち込める空を見上げていると、下から子どもたちが私の着物の裾を引っ張る。
「正義の味方の黒田坊の話!」
「くろ、たぼう…、?」
子どもたちの言った名前を、もう一度反復する。
黒田坊、私はその名前を聞いたことがある。
遠い昔、私が“山吹乙女”になる前に。
ということは、黒田坊は私たちの味方なの…?
首を傾げるけど、考えても考えても、思い出せない。
「あのね!あのね!黒田坊はね!」
子どもの声にハッとなって、意識を子どもたちの話に戻す。
今は、仕事の時間。
鯉伴のことを考えている時間じゃなくて、子どもたちのことを考えなくちゃ。
「黒田坊は、背が高くってね、武器を無限に持ってて、とっても強い、どんな悪いやつからでも、僕たちを守ってくれる正義の妖怪なんですよ!」
「あ、清衛門くん、わたしの話とらないでよー!」
「ふふふ…!妖怪のことならこの僕に任せたまえ!」
「そんなこと言ってないよ!」
そう言って、喧嘩を始める二人にクスリと笑う。
背が高くて、武器を持ってる強い妖怪…
本当に、そんな妖怪がいるなら、鯉伴を守って欲しい。
『ほら、喧嘩しないの。』
子どもたち二人の喧嘩を止めながら、雨の降ってきそうな空を見上げた。
どうか、どうか。
鯉伴が無事に帰ってきますように。
誰に届くかもわからない願いを、私は心から祈った。
prev next
bkm