それから何日も過ぎ、私は引っ越した。
あの日からあの人は来ないまま。
今度は山奥にあった誰も住んでいなさそうな屋敷。
そこにもとの家から持ってきた山吹を植えて満足してその日は屋敷の掃除に一日をあてた。
その日の夜。
私は綺麗になった部屋で寝ようと布団を敷いてウトウトしてるところに何かがのしかかってきた。
『んっ…な、に、?』
「よォ。」
一瞬で分かった。
「見つけるの苦労したんだぜ?」
あの男だって。
『なんであんたが…』
「捜したからに決まってんじゃねぇか。」
『私に関わらないでって言った。』
「オレぁそれに答えてねぇ。」
『今まで来なかったくせに。』
「さみしかったんだな。」
『そんなこと一言も言ってない。貴方嫌い。』
「……自分がどうなってるか分かって言ってんのかい?」
そう言われてハッとなる。
そうだ。私、今この男に組み敷かれてるんだった。
それを思い出してカッと身体が熱くなる。
「ん?恥ずかしくなったのかい?」
『っ、うるさい!早く退け!』
「…いい眺めだな。」
そう言いながら男は私を抑える力を強くし、顔を近付けてくる。
やだ。関わりたくない。死にたくない。
ぐわんと頭の中で何かが揺れる。
紅い真っ赤な血に誰かの笑い声。それから劈くような叫び声。母であったものの罵声と怒声に私の中を廻る苦しみと吐き気。周りからは甲高い悲鳴。私から流れ落ちる紅い朱いナニカ。涙でなにも見えなくなる。私から血を流させた誰かも周りのすべてが。気持ち悪くて気持ち悪くて気持ち悪くてガハッと何かが私の口から出る。身体を丸めてその場に蹲る。ボロボロと涙が出てくる。哀しみに溢れる。私の母だったものの笑い声と誰かの叫び声泣き声悲鳴。やめてやめてやめて。私はまだ死にたくないの。生きていたいの。誰も私に入ってこないで。私を殺そうとしているんでしょう?私は死にたくない。死にたくない。生きて生きて幸せになりたいの。
最後に見えたのは私が好きな人。
鯉伴Side
オレに組み敷かれたまま、ポロポロと涙を零して気絶した名前を黙って抱き締めて横になる。
泣き顔に興奮するなんてオレらしくもない。
虚を仰いで涙を零す名前はすごく綺麗だった。
本当はここで既成事実作って無理矢理夫婦になんのもよかった。
それをしなかったのは名前があまりにも綺麗に泣くから。
いや、今からでも犯るか?
そう思っておとなしくオレの腕に収まる名前を見る。
「名前…、」
『んっ…り、はん……』
「!」
寝言でオレの名前を呼びながらオレに擦り寄ってくる名前にクツリと笑う。
寝てる時はこんなに素直なのになぁ?
名前と初めて逢ったのはあの時じゃない。もっと前だ。
まあ、その時も見かけただけなんだが。
名前を見かけた時に一瞬でオレのものにしないといけないと思った。
それから何日もオレは名前を見てきた。
途中、名前にちょっかい出そうとする奴がいたからソイツには脅しをかけといたが。
一目惚れは嘘じゃねぇ。
だが、オレは名前の内面も見てコイツが欲しいと思ったんだ。
名前がオレが好きなのが外見だけだって言った時はどうしてやろうかと思った。
オレが名前の外見だけを見てるだ?
あの時は本気で犯してやろうかと思ったよなぁ。
それから数日。オレぁさっさと名前を嫁に迎えるために名前に逢うのを我慢して文句言われる前に二代目の仕事してたっつうのによぉ。
その間にコイツはどっかに行ってるし。
「…もう、逃がさねぇよ。」
フワリと名前から香る山吹の匂いに欲情しそうになりながら眠りに入った。
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bkm