それから数日。
引っ越そうにも場所が思い当たらなくて引っ越せなかった私はそのまま家で山吹を育てながらいつも通り過ごしていた。
何故かあの人が私のもとに通ってくるけど。
『〜♪』
鼻歌交じりに山吹たちに水をあげる。
山吹は私の分身のような存在。
綺麗に育ってくれたらすごく幸せ。
「綺麗だな。」
ニコニコと山吹の世話をしていると、またあの男の声が聞こえた。それに驚いて後ろを振り返る。
すると、やっぱりいたのはあの男。
『っ、もう、来ないでくれませんか…?』
「惚れたって言っただろ?」
『…そんなの知らない。』
キッと男を思いっきり睨みつける。
嫌い嫌い。大っ嫌い。
私は山吹乙女のように死にたくない。
生きて、いたいの。
だから関わらないで。
「そんな冷たいこと言うなよ。いずれ夫婦になるんだからよ。」
『ならないもん。』
「っ、」
私がそう言うと何故か男は胸を抑えて膝から崩れ落ちた。
え?なんか攻撃があったの?
キョロキョロと辺りを見渡すけどなんにもない。
だけどなんか崩れ落ちてるので男の近くに近付く。
『えっと…』
「あー!可愛すぎだ!」
『ちょっ、』
私が近寄ると男はあろうことかガバッと私を抱きしめてきた。
ちょっ、なにこいつ!
ありえない!
「【もん】っておめぇ何歳だよ…!」
『う、ううるさい!とにかく離してよ!』
「いやぁ、無理だな。」
『離せ馬鹿ぁ!』
男の胸板を殴りながら藻掻くけど男の力が強すぎて抜け出せない。
くそっ。将来ハゲちゃえばいいのに。
『離して。』
「イヤだ。」
『じゃあ、力緩めて。』
「そしたらおめぇ逃げるだろ?」
『うん。』
「無理だな。」
ム カ つ く !
なんなのこいつ!
もうガブリと噛み付いてやろうか、とも思ったけどそれはさすがに我慢。
『じゃあ、どうしたら離してくれますか。』
イライラしつつ私を抱き締めて離さない男に言う。
すると男は片腕で私を拘束しもう片方の手で私の髪を梳き始めた。
それからワザとらしくうーんと唸る。
その間も私の髪を撫でる手は止めない。
めんどくさい男。
「そういやぁ、おめぇの名前は?」
『……』
「言わねぇならこのままだな。一生。」
『名前。』
「…ちっ、」
やだこいつ舌打ちした。
そんなことを思ってると男は渋々と私から離れた。
それから私も素早く男から距離をとる。
「なんだい。そんな離れるなんて。」
『あんた危ないから。』
「名前で呼んでくれないのかい?名前。」
『っ、呼ばない。帰って。私の名前も呼ばないで』
ギロリと私は男を睨みつける。
嫌い嫌いと全身をかけて訴える。
私はこいつみたいに強くない。
だから、私はひっそりと幸せに暮らしたいのに。
なんでこいつは私のところに来るの?
私が山吹乙女の姿だから?
そんなの…私じゃなくてもいいじゃんか…
『あんたは…』
「ん?」
『私じゃなくて、この姿が好きなんでしょ。そんなのお断り。私は、私を…“名前”を好きになってくれる人と夫婦になるの。それは、あんたなんかじゃない。』
バンッと胸をはって男に言う。
こいつが好きなのは山吹乙女。私なんかじゃない。
この山吹乙女の容姿があって大人しいおしとやかな女が好きなの。
あ、なんかムカつく。
「……」
『なんにも言えないでしょ!とにかく帰れ!二度と私に関わるな!』
私はそう叫ぶと家の中に入った。
嫌い。嫌いだよ。
私は山吹乙女じゃないもん。名前だもん。
なんか…なんか言ってくれたらよかったのに。
扉の前で蹲りながら、涙が出そうなことに気付いて慌てて目を擦った。
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bkm