鯉伴Side
山吹の花を一つ持って、その場に立ち竦む。
名前はきっと知っていた。
オレと名前の子ができないのが、問題になってたことを。
だから、こんな和歌を残して名前は消えた。
オレの前から!黙って!
「許さねェ。」
オレは名前を離さない。
そのまま、屋敷の外に出ようとすると、首無に止められる。
「鯉伴!どこに行く気だ!!」
「…首無、離せ。」
「お前は総大将だろうが!落ち着け!」
「オレぁ名前を離さねェって決めてンだよ!名前を捜しに行く、離せ!」
あの時を思い出す。
子どもの名前の話をしたあの時。
名前は泪を零しながら、優しく優しく微笑んだ。
一番優しくて、一番愛おしくて、一番哀しい一生忘れられない笑みだった。
……あぁ。あいつは、この時から、オレの前から消えようとしてたのか。
狂気が燻る。
欲しかった。何に変えても、なんとしてでも。
「鯉伴。」
「あ?ンだよ、オヤジ。」
「首無、鯉伴を離すなよ。縛ってでもいい。絶対にこの家から出しちゃいかん。」
その言葉に叫ぶ。
「ふざけんな!!オレぁ、あいつを捜しに行く!捕まえに行くんだよ!」
「ふざけんな、はこっちのセリフじゃ。鯉伴、お前は名前ちゃんの気持ちがわからんのか?お前を想って身を引いたんだぞ。」
「ンなの知るかよ!あいつはオレのモンだ!」
幼い頃から、欲しいものは簡単に手に入った。
なんの苦労もなく、簡単に。
女も、金も、好きなモンが。
名前だけだった。
簡単に手に入らなかったのは。
オレが近寄ると、泣きそうな顔をしてオレを拒絶する。オレが離れても、泣きそうな顔をする。
一目惚れだった。欲しかったんだ。
愛してるんだ、名前を。
「首無、離せ!!」
「っ、」
「……鯉伴を、離しちゃいかん。鯉伴、お前は、奴良組の二代目じゃ。頭を冷やせ、馬鹿者。」
目の前が真っ暗になった気がした。
▼
オレが逃げ出さないように、地下にある下手人専用の牢の中に入れられて、一週間が経った。
山吹の匂いがしない。
いつも近くにあった、名前の匂い。
「はは…」
ああ、そうか。
名前は、もういない。
好きだった。愛してた。欲しかった。
ただ、お前を縛り付けたかった。何に変えても。
もし、お前をオレの元に縛り付けることができるなら、オレはなんだってやってやるよ。
名前が望むなら、二代目も全うしてやる。他の女と子だってつくる。
役目が終わったら、お前を見つけて言ってやるよ。
「オレはおめぇのためだけに、こんなことまでした。」「おめぇのために、好きでもない女と子も作った。」「オレから名前をもう逃がさないように。」
オレを愛してる名前は、そんなことまでしたオレから逃げられない。
次に出逢ったときは、ドロドロに甘やかして、愛して、名前の自由も、身体も、心も、名前の全てをオレに縛り付ける。
オレを一人にしたんだ。当たり前だろ?なァ。
愛してる愛してる愛してる愛してる。
一生、お前だけを。
だからこそ。
オレは、オレから離れた名前を一生許されねぇ。
名前の全てをもって、償わせてやるよ。
狂気を孕んだ瞳が、闇を見つめる。
「オヤジ…さっさと出せ。もう、追いかけやしねェよ。」
ここに一人、愛する女のために、なんでもすることを決意した男が生まれた。
第一章 終
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