かくれんぼ 22


数日、あと数日で私はあの“和歌”を読み、この家を去る。
最近になって、世継ぎ問題が大きくなってきた。

なぜ、子どもが生まれないのか。
早く世継ぎをお作りください。

たくさんの人たちがそう言ってる。

でも、私は知ってるの。
その度に鯉伴が悔しそうに唇を噛んで、私を抱きしめること。

それが哀しくて、けれど、愛おしい。

鯉伴は私に子どもの話を絶対にしない。
それどころか、決して私の耳には入らないようにしてくれてる。
まあ、知ってしまったけど。


「なァ、名前。」
『?』


鯉伴の腕の中、穏やかな時を過ごす。

例のごとく抵抗したら、ものすごい笑顔で「ヤるか?」なんて言われたから、妥協しました。

……別にイヤじゃないけど、恥ずかしいんだもん。


「子が出来たらなんて名前にするか、考えてあるか?」


その言葉に鯉伴を見る。
鯉伴は、優しく穏やかに微笑んでいた。


『…鯉伴は、あるの?』
「ああ。」


次に鯉伴が言った言葉に目を開く。


「男だったらリクオだ。」


…あぁ。鯉伴は私との子にその名前をくれるんだ。
あの子の、名前を。

私が望んでも、絶対に授からない、愛おしい子。

嬉しい。嬉しい…!


「名前…?おめぇ、」
『なら、なら、鯉伴。』


鯉伴の腕を掴み、縋るように言葉を紡ぐ。


『もしも、もしも、女の子だったなら、乙女、と。山吹乙女と名付けて?』


私が奪ってしまった名前。
もう、呼ばれることはない名前。
だから、せめて、せめて彼を愛した山吹乙女が彼に名前を呼んでもらえるように。
彼は女の子の子はいなかった。
けれど、彼の中に“山吹乙女”の名前が存在するなら、

それはとても、


「……ああ。山吹乙女、か。わかんねぇけど、懐かしい名前だな…」


幸せなこと。

鯉伴から、その名前が紡がれた瞬間、顔が綻ぶのがわかった。


数日後、私は消えた。


“七重八重 花は咲けども山吹の     
     みのひとつだになきぞかなしき ”


山吹乙女と同じように、私は和歌と山吹を一房置いて。

これから何百年も生きる、私の最愛の記憶。



prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -