真っ暗な闇の中、わたしは一人。
きっと、この部屋から出ていってはいけないのだと、わたしは悟った。
罪を犯しました。
彼女の“生”を生贄に、わたしは生き永らえた。
もとは、わたしが生贄のはずだったのに。
罪を犯しました。
彼女に成り代わったことに気付いた瞬間、わたしは彼女になるべきだった。
自分を生きてはいけなかった。
罪を犯しました。
それはわたしが生きていること。
どれだけの罪を犯したんだろう。
どれだけ、身勝手なことを願ったんだろう。
最初はただ、生きたいと願っただけだったのに。
「ねぇ、私はそのために名前と人生を交換したんじゃないわ。」
ポロポロと、涙を流しながら、闇の中で蹲っていると、声が聞こえた。
凛とした、綺麗な声。
でも、その人は確かにそこにいるのに、顔はまるでキャンパスに絵の具をぶちまけたようにぐちゃぐちゃで見えなかった。
「私はね、ただ、死ぬ間際まで、純粋に生きたいと思った貴女が、綺麗だと、美しいと思ったから。貴女になら、私の人生をたくせると思ったの。」
『よ、り、さ、より、ちゃん…?』
泣き腫らした瞳で、誰かを見つめる。
名前を呟くと、ぐちゃぐちゃだった顔がわたしの知ってる頼ちゃんに変わる。
誰か、頼ちゃんは、わたしを抱き締めた。
「ごめんね。私が貴女に負担をかけてしまった。私は別に貴女の負担になりたかったわけじゃないのに。」
『ふぇっ…うぁぁん、ごめんなさい、ごめんなさいぃ…、わたし、よりちゃんに、なれなくて、いきちゃって…っ、』
縋るように、頼ちゃんの背中に手を回す。
許されたくて、胸のイガイガをとってほしくて、
「私は貴女に自分の“生”を生きてほしかった。ただ、貴女が生きていることで、私は満足できたの。」
『で、も、わたしは、頼ちゃんを…、』
「違うわ。私が望んだの。貴女は悪くない。」
そう言って、わたしの頭を撫でる頼ちゃんはまるで聖母のようで。
だんだん、苦しい気持ちが和らぐのがわかる。
「ほら。耳を澄まして。」
『?』
「貴女は確かに必要とされてる。それは若葉沙頼じゃない。若葉名前なのよ。」
かすかに、わたしを呼ぶ声が聞こえる。
それは、いつもわたしの側にいてくれた人の声。
『か、いえ、んさん、』
「貴女は大丈夫。」
その言葉を最後に、わたしの視界は暗転した。
沙頼Side
私は、まだ母親のお腹の中にいる時、ある光景を目に、耳にした。
まだ、赤ん坊だった私に、なぜその光景が見えたのかは、わからなかったけど、いまならわかる。
私はきっと、あの子を生かすために見たの。
一人の女の子が泣きながら“生”に縋る姿は、とても人間らしくて、私はとても魅力的に感じた。
だから、私はあの子を生かしたいと思ったの。
これは私のエゴ。
私が勝手に彼女に、自分の人生を歩ませた。
でもね、名前。
貴女はもう自由なんだよ。
私を気にして生きなくていいの。
私が美しいと感じた、みっともなく“生”に縋る貴女が、私は好き。
ずっとずっと、私は貴女を見守ってるわ。
「例え、貴女が過酷な道を歩もうとも。」
私は貴女を生かしたことを後悔しない。
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bkm