「名前…、待ってて、あたしが助けるから。」
美朱ちゃんの声が、聞こえた気がした。
▽
いつも夢の中にでる悪夢。
私が死んでしまった時のことが頭から離れない。
それを振り切って目を覚ますと、やっぱりここはお兄ちゃんのいる世界じゃなくて、本の中の世界。
何度目が覚めても、どこで目が覚めても、絶望を感じる。
私がここにいる意味はなに?
私は必要なの?
ぐるぐると頭の中をそんなことが廻る。
《んー…?ごしゅじん…?》
『っ、ごめんね。めーちゃん、起こしちゃったね。』
《うーうん…だいじょぶだよ。》
私が思いっきり飛び起きてしまったせいで、めーちゃんの瞳が開く。
ゴシゴシと前足で目を擦るめーちゃんの頭を撫でる。
すると、やっぱりまだ眠かっためーちゃんは、ウトウトと微睡み、やがて気持ち良さそうに目を閉じた。
クスリと、自然と笑みが零れる。
私なんかを守るって言ってくれためーちゃん。
私なんかを大好きと言ってくれためーちゃん。
この世界に来てしまったことは、とても辛くて、哀しくて、苦しかった。
けど、めーちゃんがいたから寂しくはない。
めーちゃんの額にそっと唇を落とすと、そっと部屋から出た。
外から出ると、寒さで息が白くなる。
ここに来て、三ヶ月くらいが経った。
着物のような服を着ることも慣れてしまったし、この世界の食べ物を食べることにも慣れてしまった。
最初は食べ物を食べると、吐いてしまったけれど。
庭のような場所へ出ると、彼がいた。
白い吐息と、汗がキラキラと朝の日差しに反射する。
美朱ちゃんの、将来の旦那様。
「おっ、名前ー!」
私に気付いた彼が、鍛錬を止め、手を振って私の元に来る。
けど、私は笑えない。
めーちゃんといる時は笑えるのに、彼らと会って、話しても、私は笑えない。
『おはようございます。』
「おお。つーか、ほんと名前ってあの仔犬といる時以外笑わねぇよなァ…」
『…ごめんなさい。』
鬼宿の言葉に何も言えず、ただ謝る。
すると、ムニュッと頬を掴まれた。
むにゅむにゅと、鬼宿が私の頬をいじる。
私は無表情で、目の前にいる鬼宿を眺める。
だって、笑えないんだもん。
めーちゃんといる時は、自然に上がる口角も、彼らと話していると笑えない。
お兄ちゃんといる時だって笑えるのに、彼らにだけ。
「名前の肌って気持ち良いな。」
『……?』
一瞬、鬼宿が見せた瞳が、朱雀と似ていたのには気付かないフリをした。
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bkm