その後は何事もなかったようにランニングが終わった。
一氏くんもチラチラ私を見ていたけど特に何もなかった。
あの子も有澤さんも七坪さんも、特に何を言うこともなくドリンクやタオルを渡していたようだった。
まぁ、あの子は氷帝にあまり相手にされていなかったみたいだけど。
…やっぱり気持ちは変わってないよ。
あの子の悲しそうな顔を見ると自然に笑顔になるもん。
大丈夫。私はまだあの時の憎しみを忘れてない。
だから、大丈夫だよ。
「あいつがどうかしたんか?」
『っ!』
私は相当あの子を見ていたらしい。
いつの間にいたのか、私の後ろから仁王くんがあの子を見ながら話しかけてきた。
なんで仁王くんが?
今はランニングが終わって打ち合いしてるハズじゃ…
「…くっくっく。ちょっとケガをしたんじゃよ。手当て、してくれんかのう…」
私が考えていたことが分かったのか仁王くんは笑うと私にケガを見せてきた。
仁王くんの膝からは血がだらだらと出ていてとても痛そうだった。
『っ?!は、早く手当てしましょう!』
私は仁王くんの腕を引いてマネージャー室に急いだ。
その時に仁王くんがイタズラが成功した子供のようにニヤリと笑っていることには気が付かなかった。
マネージャー室の中に入ると誰もいなかった。
私は仁王くんをソファーに座らせると、何故か高い棚の上にある救急箱をとろうと背伸びをした。
う、とれない……。
なんであんな高い所にあるんだろう?
早く手当てしないと今後の練習に響くかもしれないのに……!
私が必死で背伸びして救急箱をとろうとしていると、いきなり後ろから手が伸びてきて腕を引かれた。
私は当然バランスを崩して背後から伸びてきた手の主に寄りかかるような体制になってしまった。
『!え、?』
「心愛心愛心愛……」
『にぉ、うくん、?』
仁王くんはそのまま私のお腹に手をまわす。
私はお腹にまわった手を外そうと力を入れるけど、全然外れなかった。
『………っ!』
仁王くんはそのまま私の耳元で私の名前だけを愛しそうに、切なそうに呟き続ける。
なんで?なんでそんな風に呼ぶの?
やだやだやだ!私にこの世界はいらない!
だから、私を惑わさないで、
『お願いだから、私にあの優しい世界を忘れさせないで……。』
「!……どういう意味じゃ?」
っ!!私、声に出してた!?
仁王くんは私の体を仁王くんに向けさせると、じっと私の目を見つめた。
『ちが、ちがうの。』
「あの世界ってなんじゃ?」
『や、めて』
「心愛……」
『っ――!そんな風に私の名前を呼ばないで!!』
やめて。
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