テニスコートの整備が終わると私は遠山くんにお礼を言って、ドリンクやタオルなどを準備しようとこの合宿場で部室の変わりとなるマネージャー室へ移動しようとした。


「待ってぇや」

『え、?』

「ワイちゃんと手伝ったんやで?ご褒美くれへんの?」


遠山くんは私の腕をつかんで引き止めるとそう言った。
私が遠山くんの顔を見ると全然笑ってなくて、恐かった。


「ワイなぁ、心愛に名前で呼んで欲しいんや」

『あ…』

「…呼んでくれへんの?」

だんだん私の腕をつかむ力が強くなる。

さっきまでは普通だったのに…!
なんで私なの?なんであの子じゃないの?

そんなことを考えていると更に力が強くなった。


『あっあっ……!やだぁイタイ!』

「なぁ、早く呼んでやぁ」

『ぃやぁ…!呼ぶからぁ!』

「金太郎って呼んでぇや」

『き、んた、ろ、う、?』


私が名前で呼ぶと、遠山くんは真顔だった顔からすぐに笑顔になった。


「できるやん!これからワイのこと名前で呼ばんかったらアカンからな!」

『っ―――!』

「ワイなぁ、心愛のことめっちゃ大好きやで!」

『っっっ!!』

「ほな、仕事頑張ってーや!」


遠山くんは最後にそう言うと私を残して違う場所へ移動していった。
私は遠山くんの言葉が頭から離れなくて、ただ茫然としていた。

なんで?なんでみんなは私なんかを大好きなんて言うの?わかんない。私にはわかんないよ。

私は、私は!あの子に私がした思いを味わらせたいだけなの!
それ以外私の望むことはないの。あの時、私が殺された時にぜぇーんぶ失ったの!
だから、だから誰も私を愛さないで。
誰も私の決意を消さないで。

私はあの優しい世界へ帰るためならなんでもいいの。
私はこの世界の誰も必要ないの。

私を愛さないで。
…きっと信じることなんてできないんだから。


『寂しいなんて思ってないよ。』


だから、この頬に伝わる涙はきっとあの優しい世界を思い出してるからだよ。
懐かしくて泣いてるの。

寂しいからなんかじゃないよ。


私と遠山くんのやり取りを見ていた人がいたとは知らずに、私は自分の変わっていきそうな気持ちに蓋をした。





現実は何処?



 
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