記憶の海にブクブクと沈んでいく。

ずっとずっとこのまま沈んでいくと思ったら、優しいぬくもりに身体全体が包まれた。


『だあれ…?』


ポツリと呟く。
でも、誰も答えてはくれない。

ただ温かいぬくもりを放つ光がわたしをそっと抱き締める。

とても、落ち着くその光。
慈愛に満ちたぬくもり。


「ーーーー」
『なんて、言ってるの、?』


声、というより音のような綺麗な綺麗な声が私の耳を揺らす。
ゆっくりゆっくり、女の人へと形をとった光が、微笑む。まるで、女神さまのような優しい微笑み。


「私の愛おしい子…」
『ぇ…』


女の人の声がクリアに聴こえた。
でも、意味がわからなくて、


「愛してる。愛してる。すべて、私が悪いんだ。」
『なにを、言って…、』
「あぁ、私に愛された可哀想な人間の子供。私は君にまだ生きていてもらわなくては、困るんだ。」
『っーー!』


戦慄が、走る。
女の人の瞳は、今まで、あの世界の人たちに向けられた瞳と同じ。おかしな、歪んだ、でも人をまっすぐに愛してる瞳。

それは、私にとって恐怖でしかなくて。

カタカタと女の人に抱き締められてる身体が震える。


「…また、恐がらせたか。」
『ぅ、あ、』
「愛おしい愛おしい心愛。君はまだ生きなさい。あの世界で育てなさい。優しい優しい君の心を。愛おしい愛おしいその魂を。」


恐い恐い恐い恐い…!

私はこの恐怖を知ってて、覚えてて、けど、忘れちゃう。忘れなくちゃ、いけないから。

私の大切なものを、奪った人。


「おやすみ、心愛。再びあいまみれるその日まで。」
『ぁ…!』


深く深く女の人にキスをされた。
一瞬見えた、女の人の表情は恍惚と支配欲に瞳を燃え上がらせていた。








地獄の門



 
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