長らく、恋というものをしてきていなかったせいか、恋愛の意味の好きという感覚がわからない。そう先生に伝え終わった後でため息が落ちた。先生の口からもため息が落ちて、呆れたような笑いをこぼした。

「お前ね、それ続かないわ」
「え、何でですか」
「まあ付き合ってんならいずれわかるよ」
「…ふうん」

わかるような、わからないような。どうして付き合ったかを聞かれて正直に答えると呆れた笑いが色濃くなった。どうしようもないね、お前。だって、そうなんだもん。嫌いじゃなければ付き合うものでしょう。そこから、好きになれればお互いにとってハッピーなんじゃないの?…まあ、好きになれなかったら、本当に申し訳ないけど。

無機質な音が流れて携帯のディスプレイに目を向ければ、彼からのメールだった。ある程度の好意がなければ帰宅部の私が剣道部の彼を待つなんて、あんまりないと思うんだけど。これも先生からしたら、ただの好意であって、異性への愛の好意じゃないんだろうなあ。

「じゃ、先生、私行く」
「おー行け行け」
「話聞いてくれてありがとう。なかなかこういうこと、友達に話せないから」
「あ?話してねェの」
「うーん、私の彼氏、ファンが多いんだよ」

あんまり贅沢なこと言ってられないんだ。先生は理解不能といった表情だったけど見ないふりをした。女子の世界は男子の世界よりも広くて怖いんだよ先生。

ひらひらと揺れる先生の手を視界の端っこで捉えて教室を後にした。時間が来て言えなかったけれど、先生に聞いて欲しかったことがもうひとつある。それは、私が彼といる時の、謎の息苦しさ。相手を想うあまりの切なさとかではなくて、たぶん、彼と私の愛の比率の違いから起こる苦しさ。私をこんなに想ってくれているのに、返せない自分が歯痒い。もっともっと好きになれたらいいのに、なれない。どうしたらいいんだろう。どうしようもないのだろうか。






「先生」
「…ちょっと」

待ってろ。五分くらいして帰ってきた先生からは煙草の匂いがした。手にはいちご牛乳がふたつ。目の前に置かれたいちご牛乳を見つめていると、飲んでいいと言われた。ありがとう、たった五文字が先生の目を見つめているだけで言えなくなった。喉で消えた言葉が目の淵で涙へと変わっていく。瞼をこすればこするほど新しい涙が出てきて。意味がないってわかるのに止められない。

強い力が私の手首にかかって、視界いっぱいに先生の顔。いよいよ涙が止まらなくなって、情けないことに声をあげて泣いてしまった。ダサくても、どうしようもなかった。


土方くんと別れた。理由が自分勝手すぎて、自分が嫌いになりそうだった。耐えられなかった。何よりも自分を嫌いになることに。私は、土方くんより自分が好きで大切だった。

「私、たぶん、一生誰も好きになれないよ。あんなに想ってくれていた土方くんのこと、好きになれなかったんだもん、もう」
「…あー、あれだ。お前が思っている以上に、簡単に人を好きになれんだよ」
「、でも」
「……俺もあいつにやっと」

きらりと先生の薬指が光った気がした。私には縁がなさそうな輪っか。

「…お姉ちゃんに、そう、思えたの?」
「まあ、な。…義妹のお前になんか話したくなかったけどな。」

そっぽを向いて先生は頭を掻いているけれど、耳は正直だった。


今わからなくても絶対にわかる日は来る。それまでが歯痒くてつらいかも知れねェけど大丈夫だ。ゆっくりと咀嚼して先生の言葉を飲み込んだ。まだ、ゆっくりでいいのかな。私にも本気で想えるひとが現れるのかな。先生みたいに、お義兄ちゃんみたいに。


「あ、今日お前ん家行くから」
「え、何で?」
「まあ、お楽しみってやつだ」


その日家に現れた先生から告げられたのはお姉ちゃんのお腹に生命が宿っていることだった。ふたりはとてもしあわせそうで、何故だか目頭が熱くなった。そして、誰も好きになれない、なんて絶望したくないと思った。先生が言ってくれた、わかる日を待ちたいと思った。

瞼をとじてもお姉ちゃんと先生のような自分は想像できないけれど、きっと来る。そう信じよう。私もしあわせに、笑いたいから。少しだけ薬指を撫でて瞼を上げた。

  
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