大学入学時に暮らし始めたこの家を出ることが決まったのは一週間前。転がっていても倒れていても、私の家の一部だったものたちが茶色い箱やごみ箱に移動していった。一気に片付けることができない量だから、ゆっくりと時間をかけて新生活への要不要を判断していく。元々捨てられない性だから、しっかりと。一日一日と過ぎていき、引っ越し前日となった。残っているのは少しの家具とベット。それに壁に掛けられたコルクボード。コルクボードを外すと日焼けしていない壁が露わになって胸がきゅうと鳴った。ここだけ時間が止まっていたみたいだった。

高鳴る鼓動を深呼吸で抑え、ピンで留められた写真を手に取る。これは初めて遠出してはしゃいでいる彼を撮ったものだ。セイウチと同じポーズを取っている。ばかだなあ。何年も経っているのに不思議なもので、頭のなかが当時にタイムリープできてしまう。それくらい私にとって大切で忘れられないものだった。次は彼の家に行ってモデルポーズをしてもらったやつだ。冗談だったのに、ばかみたいにカッコよくて、急いでその日に現像したんだ。これはバスケをしている時で、友だちからもらったんだ。バスケしている時とまじめな時は反則的にカッコよかったからずるい。これは黒子くんへ会いに無理やり連れて行かれて黒子くんとじゃれている彼で、これは大学合格に喜んでいる彼で、これは青峰くんと口喧嘩している時で、これは、これはこれは。気持ち悪いほど私は写真の詳細を覚えていた。最後の写真のピンを外すとはらりと隠れていた一枚が落ちた。手にある写真は学園祭の日に彼を撮ったものだった。この学園祭で私は彼に告白されたんだ。写真を撮っていつも通り話している途中に、まじめな顔で告白してきたんだっけ。あの時は本当に驚いたなあ。友だちになれたことも奇跡だったのに告白までされるなんてね。そして落ちた写真は、その時に黄瀬くんと自撮りしたふたりで映った写真だった。私が映るなんて滅多にないから本当に貴重で、私が重ねて貼っていたことも何となくわかった。黄瀬くんの最高の笑顔と半泣きの引きつった笑顔の私。懐かしさに鼻がツンとしたけれど、大丈夫。涙は出ない。

引っ越し当日。あの写真たちは箱にしまったけれど、どうしようかまだ迷っていた。捨てると決めていたのに、もう黄瀬くんとはさよならをしなくてはいけないのだけれど、ぐずぐずと何か捨てなくてもいい理由を探していた。じゃあ捨てなきゃいいのに。でも捨てたかった。新しい生活がすぐそこなのだから。


「遅いっスよ」
「うあ、もう来たの」
「オレが待てないのわかってて言ってる?」
「ごめん知ってた」
「で。何ぐずぐず考えてるんスか」
「写真をね、捨てよっかなって」
「何で?」
「黄瀬くんとはさよならだから」
「…オレは持って行って欲しいっスよ。過去があって今があるから」
「…」
「ほら早く詰めるっス」

そう言ったのに彼の長い手が優しく箱をダンボールに入れる。さよならしなくていいんだね。さよならにこだわっていた理由も彼の前じゃどうでも良くなってしまって埃になってしまう。彼といたら私は力をもらって強くなれる。私も彼を、強くしたい。ゆっくりとこころに描く。


今までありがとう黄瀬くん。これからよろしくお願いしますね、涼太くん。

  
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