「…えっと、泊まっていくよね。」

泣きはらした頬に親指でかるく触れたあと、おいでと手を引かれリビングに通される。きちんと片付けられた部屋には必要最低限の家具と、テーブルには台本や雑誌、CDや書類が積まれていた。職業柄興味を引かれてしまい、伸ばそうとした手は簡単に彼に捕まってしまう。

「だめ。」
「…仕事のスイッチが入っちゃうところでした。」
「なおさらだめ。こっち。」

脱衣所に押し込まれ強引に渡されたのはふわふわのバスタオル、フェイスタオル、Tシャツにパーカー。わたしがぽかんとしている間に、バスタブにはみるみるお湯が溜まっていった。

「クレンジングはそこ。シャンプーはそれ、トリートメントはそっち。好きに使っていいよ。あと、おれの服じゃ大きいだろうけど、良かったら使って。外にいて冷えたでしょう。」

おおきなふたつの手のひらがもう一度、包み込むようにわたしの頬に触れる。とびきりやさしくさがる目尻。あなたの手だって冷えてしまっているよ。

「もう、眠い?」
「…ねむく、ない…。」
「お風呂出たら、すこし飲もうよ。待ってる。」

待たせるわけにはと慌ててシャツのボタンを外そうとすると、彼も慌てて脱衣所から出て行ったので、はっとして両手から先ほど渡されたものが一式ずり落ちた。


・・・・・



「やっぱり大きいね。」

リビングに戻ると、部屋着に着替え眼鏡をかけた彼がソファに座っていた。こちらを振り返り照れ臭そうに笑うので、わたしはついつま先ばかりを見つめてしまう。

「夜、ちゃんと食べた?おなかすいてない?」
「こっ、こんな時間に食べれません。」
「すいてるんだ。」
「うっ…。」
「待ってて。」

ダイニングチェアにわたしを座らせ、キッチンに消えた彼はすぐにまた現れ、テーブルに小さな小鉢をふたつ、ことりことりと置いた。茄子の煮浸しと、筑前煮。目をしばたいていると、缶ビールを開ける音がして、はい、と手渡された。

「いつもおつかれさま。」

缶ビールをそうっとぶつけ合い、なすがままに口に含むと思いの外美味しく、喉が渇いていたことに気が付いた。

「料理されるんですね。美味しそう…。」
「たまにね。これは昨日作ったんだ。料理は好きだよ。」
「美味しい!」
「ほんとう?うれしいな。」

知らない人のよう。眼鏡なんて、部屋着なんて、裸足にスリッパなんて。缶ビールを一本づつ空にした後、席を立った彼はひとつあくびを漏らした。

「シャワー浴びてくる…。」

眠いのか、幼い声色に微笑ましくなり背中を押す。もう2時になるもの。

「洗い物して待ってます。」
「そんなのいいよ。置いておいて。」
「いいから、はやく帰ってきて。」
「わっ、わかった!」

10分もしないうちに戻ってきた彼の髪は案の定しとどに濡れていて、ドライヤーでしっかり乾かすようにと脱衣所に彼を押し込んだのは今度わたしの方だった。

「渇いた。」
「駄目ですよ、ちゃんと乾かさなくちゃ。」
「もう渇いたよー…。」
「確かめます。」
「あっ、」
「渇いてない!」

またすぐに戻ってきた彼の髪に触れた手はじれったく掴まれ、そのまま腕を引き寝室のドアを開けた彼はいとも簡単にわたしを持ち上げた。驚くひまもなくシーツの波の上に寝かせてみせたので、かあと一気に赤くなった顔を隠すように壁側を向いてうずくまる。なんてこと、するの。

「重い。」
「重くない。」
「うぅ…。」
「ほら、寝るよ。」
「…十さん?」

ドアのそばに立ったままの彼に首をかしげると、眼鏡を外しそのままサイドテーブルに置く仕草をした。

「ソファで寝ようと…思ってたんだけど。」
「えっ、」
「やっぱり、一緒にいてもいいかな…。」

ふたりぶんの体重をのせベッドが沈む。向かい合わせで横になり、かすかな明かりのなか、まどろむ声は耳にやさしい。ゆるく力の抜けた表情で、シーツに散らばったわたしの髪をひと束すくいあげ撫でた。

「おどろいた。」
「、?」
「きゅうに言うから。」
「えっ、あっ、あ、…ごめ、んなさい…。」
「なんで謝るの。」

どこもかしこも彼のにおいがして、どうしようもなく心地良かった。膝を抱え唇をきゅうとかむ。ベッドのなかでなら言えることはたくさんあるかもしれない。ゆるんでいく。気持ちも、身体も、ほどけていく。

「言うつもり、なかったんです。」
「…うん。」
「困らせたくなくて…。」

でも言いたかったの。知って欲しかったの。ああ、また涙が滲んでしまう。枕で顔を隠そうとするとあなたの腕に阻まれかなわなかった。

「もうおしまい!」
「わ、」
「みせて。」
「いっ、や、です。」
「かわいい。」

前髪をさらりと掻き分けられ、うれしそうにはにかむ。すっぴんはじめてみた。彼は笑った。ねえいいの?きっとはなせなくなってしまう。あなただけのわたしになりたくなってしまう。

「なんかゆめみたいだ…。」

ふれるつま先もあたたかいよ。慣れないシャンプーのかおりも、ほんものだよ。ゆめじゃ、ないよ。




いとしいふたりになる

あなたとわたしになる

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