まだふたくちしか食べていないアイスを落としてしまった。今日の最高気温がどうだとか、朝のニュースでアナウンサーがいっていたなあ。帰り道、あまりの暑さにアイスを買った。しかし早々にバニラアイスはするりと手から滑り落ち、べとりといやな音をたてて道にくっついた。声も出せずにいるわたしの隣で、真琴がやたらと声をおおきくして焦っている。暑くて頭がおもたい。ああ、なにも考えたくない。しかし何を隠そう、制服のシャツからはあまいにおいがした。真琴、声がおおきいよ。




「ごめん。女ものの服はあるんだけど、妹のじゃすこし小さいと思って。」
「いいよ。なんでも。」
「制服が乾くまでの間だけだから。」
「みて、ワンピースだ。」

かれのおおきなTシャツは、わたしが着るとまるでワンピースだ。くるりとまわってみせると、すわりな、とやさしくいなされる。少し反省してきちんと借りたジャージを下にはき、かれのとなりに座った。真琴のにおいがする。きれいに整頓されている清潔感のある部屋、すこし、落ち着かない。

「あし、こっち。」
「はい。」

両足を揃えて真琴のほうに向けると、長すぎるジャージの裾を丁寧にまくってくれる。くるくる、くるくる。できた、そう言って、かれは足首のあたりに手のひらでぽんと触れた。

「アイス食べる?」
「ううん、いらない。この部屋すずしいから。」

ベッドにもたれて座るかれの腰あたりに、寝転がって頭をくっつける。落としたアイスに気を使える真琴はやさしいなあ。まぶたをとじる。ねむいの?やさしい声がふってきて、指先がわたしの前髪であそんだ。さらさら。気持ちいい。真琴の手がとても好きだった。真琴の手のひらとわたしの手のひらを合わせて、おおきさを比べるのが好き。すこしひんやりする手のひらが、好き。真琴にもっと、さわってほしい。両手でかれの左の手をおもむろにさわっていると、じれったいようなかおをした。とてもかわいい。

「さわっていい?」
「もうさわってるよ。」
「違う、その…。ちゃんと、さわっていいかってこと。」
「ちゃん、と?」

まぶたを手のひらがそっと覆う。くちびるに少しだけかれのくちびるがふれて、それから、視界にひかりがもどった。こういうことだよ、とかれは言った。めじりを下げて困ったかおをするかれがとても可愛いので、体を起こして腕をのばすと簡単に両腕をさらわれる。右肩のあまやかな重みがいとおしい。

「真琴…、したに、お母さん、いる」
「うん。」
「まこと」
「うん。」

もぞもぞしないで。背中にのびてきた手をつっぱねると真琴は痛いとわらった。真琴にとってはなんでもないことかもしれないけど、わたしはなにもかも初めてだよ。慣れてないよ。緊張しいだよ。キスも、誰ともしたことがなかったから、こわくてうつむいて、真琴のことを何度も困らせた。ごめんね。だって、まぶたを閉じるのがすごくこわかったから。手もつなげなかった。でもずっと、さわってみたかった。

「好きだよ」

なんでもないことみたいに、かれは言う。当たり前みたいに。好きだとそう言われると、胸のあたりがしんどくなって、くるしくて、自分のことをすこしきらいになる。いやだなあ。こんなわたし、絶対に真琴には知られたくないよ。真琴はわたしのなにが好きなの。わたしは可愛くないよ。顔だって自信ないよ。声も、髪も、体も、きらいなところばっかりだよ。真琴のことを好きな自分だけが、好きだと言えるような女なのに。

「花火大会、誘われたの?」

顔をあげた彼は、隠し事を知られてしまったときのこどものような表情をしていた。だって、クラスのこがうわさしていたんだもの。

「聞いたの。」
「うん。女の子が言ってた。」
「断ったよ。」
「……。」

身体を離し、わたしに向き直る。体育座りをするわたしは居心地がわるくて、足のつめをさわった。自分から言ったくせに。よわむし。

「真琴って、女の子にもてるなあ。」
「花火、見に行こうよ。」
「行かない。」
「どうして。」

真琴と二人で外に行きたい。どこか、どこだっていいから。手をつないで歩きたい。寄り道して、ごはんを食べて、デートってどこへ行くんだろう?水族館?美術館?遊園地?誰もいないところがいい。こわがりのわたしは、どこにも行けやしないんだ。

「…一緒にいるとこ、見られたくない?」

真琴にこんなことを言わせてしまうわたしがきらいで、いやで、視界がゆるゆるとにじんだ。彼の声はやさしくて、でも、泣いてるみたいだった。ほんとうは、いろいろなところへ行きたいよ。だいすきな真琴のとなりを歩くのが勇気のいることだなんて、誰かが聞いたら呆れるかな。こうして話していられるのは家のなかだけ。誰も知らないのだ、わたしと真琴が付き合っていることを。

彼につりあう女の子になるには、どうしたら?ダイエット?髪型を変える?化粧をもっと勉強する?洋服?どれも違うように思う。真琴はわたしにとって、だいすきで、だいすきで、とても遠いあこがれの人なのだ。こんなわたしじゃ、だめなのに。

「いやじゃないよ、いやじゃないの。でも、」
「……。」
「わたし、かわいくないもん。わたしなんか、だめだよ。だめだよ…。」
「可愛いよ、おれは、好きだ。」
「やめて、やだ。」

好きな人ができたから、かわいくなりたいと思ったの。このままじゃいけないと思ったの。

話しかけられたとき、とてもうれしかったのに素直になれなくて嫌味なことを言ってしまった。彼と楽しそうに話す名前も知らない女の子に嫉妬して、なにも悪くない彼に八つ当たりをした。気になるのに平気な振りをして何度も傷ついて、うまく話せなくて、真琴のことはどんどん好きになるのに自分のことはどんどん嫌いになっていった。ほんとうは、花火大会の日にちも時間も手帳にちゃんと書いてある。行きたいよ、わたしだって、真琴と花火大会に行きたいんだよ。

「浴衣、買ったんだ。」
「え。」
「真琴と花火大会に行きたくて。」
「……。」
「頑張りたくて、」

真琴がすっと立ち上がり、わたしのすぐ後ろに座って背中に手をおいた。とん、とん。あやしつけるように。涙ではりつく前髪をわけてくれる。彼と付き合っていることを、友達にずっと言えなかった。こわかったのは、自分がどう思われるか知らなければならないこと。つりあわないと思われるかもしれないと、わたしが傷つくのがこわかった。自分が傷つきたくないからと、真琴を傷つけるのは、間違いだってもうわかるから。

ごめんね。浴衣を買うだけで泣きそうになるなんて情けないね。誰にも知られたくなかったわたしは、花火大会に行きたいわたしによって完全に消えてくれてはいないの。

「て、手伝って。髪まとめるの。」

声がふるえてみっともない。こんなわたしを知って欲しくない。だけど、知って欲しい。涙がとまらない。こわくて、胸がつぶれそう。

「ふ、」
「わらわないで…ばか…。」
「そんなにぼろぼろ泣きながら言うことじゃないでしょ。」

うれしくて仕方ないという表情の真琴のシャツをぎゅうぎゅうに握りしめて顔をくっつけて泣いた。彼に好かれたくて浅ましいわたしになる。彼のために頑張りたいわたしを、わたしはきっと好きになれる。好きに、なりたい。

「やっぱり行かないなんてなしだよ。」
「っ、う。う…っ」
「ごめんね。無理しないでって、言わないよ。」
「いい、よ。」

真琴はわたしが顔をあげるのを、ずっと待っていてくれたんだ。手を引くんじゃなく、背中を押すんじゃなく、ずっと、隣で、手をにぎってくれていたの。浅ましくても好きでいてくれなきゃいやだよ。不格好なわたしを、泣き虫でもよわむしでも、好きでいてくれる真琴がいなきゃいやだよ。

「綿あめ食べたい。」
「うん。並ぼうね。」

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