「彷徨、どうしたの?」
「ん?」
「かおあかいよ」
「え…そうかな」

自分の頬をぺたぺた触っている彼にため息をついて、そばにあった引き出しを開ける。確かここにしまってあったよなあ。あ、あったあった。体温計を差し出せば、彼はそれを素直に受け取った。昔から自分のことには疎いんだから。昨日だって晩ごはん、あんまり食べてなかったよね。彷徨の好きなかぼちゃの煮付けだってあったのにさ。

「うわ、三十七度六分…」
「やっぱり熱あるじゃない」
「なんかだるいとは思ってたけど」
「はあ…」
「なんだよ」
「いーえ」

わたしがいなかったら絶対気付かなかったでしょ。きっともっとこじらせるに決まってるんだから。こてっと座布団の上に寝転んでしまった彷徨にもう一度ため息。しょうがないなあ。

「薬飲まなきゃだから、少しでも食べれるものお腹に入れたほうがいいよね。彷徨、何か食べたいものない?」
「いや…特には」
「…そっか。うーん、熱冷まシートとか買ってきたほうがいいかなあ。あ、後で氷枕つくってあげるね。」
「…ん、」
「もう、彷徨、寝ながらじゃちゃんと体温計れないでしょ」
「んー…」
「ちゃんと起きて、ほら」
「う、なんかぐらつく」

珍しくぐずぐずしている彼にテレビなんか見てないでもう寝たらと促すと、おもむろにじっと見られて思わずうぐっと言葉に詰まった。な、何よう…。でもやっぱりちょっとつらそう。昨日の夜から様子が変なのに気付いてたのに、なんにも言わなくてごめんね。一晩寝れば治るでしょなんて、軽い気持ちだったの。

「彷徨?」
「え、あ、いや…」
「何よ、何か言いたそうな顔してるわねえ」
「…べつに」
「へんな彷徨」

彷徨が風邪なんで珍しいこともあるものですなあ。めったに体調崩したりしないのに。今日の夕飯の当番は彷徨だった気がするけど、仕方ない。わたしが代わってあげますか。さっさと治してもらわなきゃわたしの家事が増えちゃうしね!

「…、…へんなのはおまえだろ」
「え?何か言った?」

やっぱり彷徨、へんだ。ごろりと寝返りを打ってもごもご言ってるかたまりは放っておくことにする。わたしじゃ彷徨は運べないから、ここに布団を敷くしかないかな。ここに持ってくるものも色々あるよね。ティッシュボックスと洗面器と、あとは…

「なんか未夢がやさしいから、…へんな感じ」

聞こえるか聞こえないかの、小さな声で。彷徨、今、なんて言ったの?やさしいって、わたし?わたしに背中を向けてる彷徨の顔なんか見えるわけなくって、余計に恥ずかしくなる。数秒間の沈黙の後、耐えられなくなったのはわたしのほうだった。

「ちょっ、ばっ、わたしはいつもやさしいでしょ!?」
「わ、でかい声だすなよ…」
「あ…ごめん」

何よ、もう。なんでいきなりそんなこと言うの。

「…な、未夢」
「……」
「やっぱかぼちゃ食いたい」
「…彷徨みたいに上手くできないよ、煮付け」
「いいよ」
「それでもいいの?文句言ったりしない?」
「…言わない」
「今からじゃ時間かかるけど、…」
「うん…、いい」
「…わかった」

じゃあ布団持ってくるねって、立ち上がる。彷徨のばか。昨日彷徨がつくった煮付けは今日のわたしとあんたの弁当に消えたのよ。そーっとそーっと襖を閉めて息をついた。廊下を歩きながら両手を頬にあてる。あっつい。わたし、ばかみたい。わたしそんなにいつも彷徨にやさしくないの?普通にしてたつもりだったのに。わたしが風邪ひいた彷徨にやさしいなら、わたしもひとつ思ったことがあったよ。彷徨だって、世話を焼くわたしにかける声がやさしかったもん。

もうかぼちゃ丸ごと鍋にいれたりしないよ。美味しいかぼちゃの煮物つくってみせるよ。だから明日おはようといっしょに、けろっといつもの顔で起きてきてよ。



いつもとちがうふたり

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