「今とてもそんな気分になれないの、悪いけど後にしてくれるかしら」
「…で、も」
「わたくしは忙しいのよ、シモーヌに預けてくだされば明日の午後のお茶と一緒にいただくわ」
「カナコ」
「お帰りなさい」
「そんなの意味ない、あなたと一緒に食べたいの。あなたと話がしたい」
「尚更よ、わたくしはあなたとお茶をする時間だって惜しい」
「カナコ…」
「お願い。帰って頂戴」

きっともう、何を言っても無駄なのね。ドアのすぐ側に立つシモーヌに、ごめんねと言ってまだあたたかい紙袋を手渡した。彼女は申し訳ございませんと眉を下げる。悪いのはわたしよ、そう笑ってみせるけれど、彼女の表情は曇ったままだった。紙袋の中身は彼女の好きなフルーツたっぷりのパウンドケーキ。わたしは、カナコ、あなたとただ話がしたいだけ。控えめな装飾品に縁取られた重たいドアをシモーヌが開けてくれる。わたしがずっと前に贈ったティーセットも、今じゃどうなっていることやら。

「お気をつけてお帰り下さいませ」
「ええ、ありがとう」

一度彼女を振り返る。彼女はソファに腰掛けノートパソコンを見つめていた。テーブルにはハワイとライチの二色のジュース。わたしを見ようともしない彼女に、やはりわたしは彼女が、カナコが好きだと思った。彼女の長い髪がよく映えるクリーム色のソファ、隣に座れたらどんなにいいだろう。大切にされているシモーヌが羨ましくないと言えば嘘になる。いつも彼女の側にいて、守られているあのこ。蒼い目をしたおんなのこ。

「また来るね、カナコ」

彼女は何も言わない。わたしに来ないでと言わない彼女も、好きだ。わたしはきっとこれからも彼女の好きな物をお土産に彼女の邸宅を訪れる。身ひとつで十分だということに気付かせてやりたいがために。そしていつかを境にパタリと顔を見せなくなり突然姿を消そう。その時の彼女の顔が見られたらなあ。さて、パウンドケーキを彼女と一緒に食べられる日は果たしてくるのだろうか。


やさしい時間の終わり


カナコが嫌いな女
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