「スキーとか、興味ある?」

ことり。小さな音をたててわたしの目の前に薄桃色のマグカップが置かれる。ヒロトとお揃いで、持つところがリスのしっぽになってるの。彼のマグカップは淡い青空色。お菓子の本を見ていたわたしは、ページをめくる手をとめて向かい側の椅子に腰掛けるヒロトと目を合わせた。ふわりと目元を綻ばせた彼は、きみは寒いのが苦手だったねと眉を下げて微笑む。そうだなあ、確かにわたしは寒いのは好きではないけれど、そんなの今は気にしなくっていいのに。ヒロトがわたしをどこかへ連れて行ってくれるなんてそんなうれしい話を、わたしが嫌だなんて言うわけないでしょう。

ココアにふわふわと浮くマシュマロがおいしそう。今はまだくちをつけないの。もう少しして、マシュマロがとろとろに溶けたらほんとうの飲み頃。真っ白なマシュマロがココアにまあるく溶けて、やさしい色になるまで我慢しなくっちゃ。

「ヒロトってスキーできるの?」
「うん、少しね」
「わあ、わたしスキーってしたことないの。スキー場にも行ったことがないし」
「はは、寒いからやだって言うと思ったのに」
「ヒロトが教えてくれるなら」
「もちろん」

にっこり笑ってみせたヒロトは、わたしがココアのおかわりを頼むのをやさしく待っている。にこにこしながら、チョコチップクッキーがたくさんのった花柄のお皿までわたしの目の前にいつの間にか置いていた。ダイエット中なのを知っていて、それでも待つ彼はずるいけど、わたしが最後にはマグカップを差し出してしまうのをヒロトはわかっている。抗うのは無駄だってもうわかってるわ。何度失敗したかわからないもの。わたしが大好きなお菓子を我慢できるはずがない。

「一枚しか食べないから」
「食べるんだ」
「…明日は…食べない」
「明日のぶんのおやつはもう買ってあるよ」
「なっ」
「きみの好きなチロルのガトーショコラと、それからラズベリームースもね」
「えっ」

わたしがチロルのケーキが大好きなの、知ってるくせに。だけど、だけどね。わたしを掌の上でころころ転がして、やさしく笑ってるヒロトもきらいになんてなれないわたしが、わたしは好き。ねえ、いつスキー場に連れて行ってくれるの。もちろん二人きりでしょう。ヒロトはいっつも、わたしをよろこばせるのが上手だね。

one room


「ヒロトのスキーウェア、何色?」
「おれの?どうして?」
「ヒロトとわたしが並んでもおかしくない色にしたいの」
「…ふっ」
「えっなんで笑うの」

「ねえねえ、これは?似合う?」
「ははっ、それはメンズだよ」
「えっうそ」
「レディースはこっち、ほら、このホワイトのゴーグルはどうかな」
「…それにします」

「へええ、手袋ってこんなにいっぱいあるんだね」
「なまえは手が小さいから、子供用のでもいいんじゃない?」
「……」
「その顔…」
「…怒ってるときのかお」
「冗談なのに」
「じゃあ真顔で言うのやめて!」

two rooms


目の前に広がる銀世界に胸が弾むのを感じながら、隣にいる彼を見上げれば、ヒロトはニットの帽子に触りながら連れてきた甲斐があったよと言って微笑んだ。わたしは何度も大きく頷く。こんなにたくさんの雪をわたしは今までに一度だって見たことがなくって、太陽に反射する白がキラキラ光ってとてもきれい。ヒロトのスキーウェア姿も見れたし、今日は本当に来て良かったなあ。

「バックルがちゃんとしまってないね。足、おれのほうに向けてくれる?」
「うん!」
「きつくない、大丈夫?」
「へいき!」
「痛かったら言ってね」
「いたくないよ!」
「…楽しそうだね」
「そうかな?」

three rooms


ヒロトのスキーウェアの端っこを握って、できる限り彼にくっついているわたしを他の人が見たら、今日初めてリフトに乗ったことなんて一目瞭然だと思う。こんな安全バーひとつじゃ絶対に危ないと思うのはわたしだけなのだろうか。隣にヒロトがいなかったらわたし、きっと落っこちちゃうよ。リフトに乗る列に並ぶのだってあんなに大変だったのに、わたしちゃんとヒロトが教えてくれる通りにできるかな。スキー板をつけたまま歩くのがあんなに難しいだなんて知らなかった。

「…おれのほうに傾いてるけど、こわくない?」
「う、うん、こわくない」
「降りるときも、腕掴んでていいから」
「はっ、はい」
「……」

なんだかヒロト、スキー場に着いてからずっと笑っている気がするなあ。わたしの気のせい?始終にこにこしている彼に、訳もわからないくせにわたしもうれしくなって、スキー板をつけたままの足をぶらぶらと動かす。当たり前だけれどわたし達の乗っているリフトはゆらゆら揺れて、危ないだろうってヒロトに怒られた。けれどすぐにまたにこにこしている彼に戻って、怒られてしゅんとするわたしに、何本か滑ったら一緒にアイスを食べようって言ってくれた。高い場所が苦手なわたしが、いつの間にかリフトに乗るのもこわくなくなってたんだよ、ヒロトの魔法かなあ。

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