「それ、俺にやらせて」
「ん」

さっきまで読み耽っていた雑誌をデスクの上に置いた彼は、はたと思い出したように私の腰に手をまわし、私を自分のほうに軽く引き寄せた。

「貸して、俺がやる」
「…やったこと、あるの?」
「ねえけど」
「やだよ、明日大事な友達と会うのに」
「それ、ずっとやってみたいと思ってたんだ」
「…失敗したら許さないからね」
「許さなくていいよ、失敗しないから」

サーモンピンクのペディキュアの筆を私の手からするりと奪い取り、そっと足首に彼の手が触れる。なんだかくすぐったくて身をよじったら、彼は少し緊張したような面持ちで私の足の爪に生ぬるい息を吹き掛けた。軽く肩が揺れてしまったのを彼は見過ごしたりはしなかったようで、すかさず口角を上げて挑発的な視線を私に向けてくる。おもしろくない。おもしろくないのに、なんだかくすぐったくて、変な気持ち。

「は、はみ出さないでよ」
「わかってる」
「それから、くすぐ…ったい」
「仕方ねえだろ、ちっと我慢、な」

丁寧に、丁寧に塗られていくペディキュアのきれいなサーモンピンクをただじっと眺めているだけは私には少し辛いらしい。我慢できずに腰の位置をずらせば、咎めるような視線を足元から向けられた。我慢しろ、そう言っている。だってくすぐったいの、ねえもう無理だよ。

「…ね、シカマル、もういい」
「なんで」
「が、我慢できないよ。息とか、くすぐったい、し」
「駄目。つうかはみ出してねえだろ、ペディキュア」
「そういう、問題じゃなくて…っ」
「いいからもう黙ってろよ」
「っ、」

ふう、と今度はひんやりとした吐息を吹きかけられる。しっかりと右の足首を掴まれていて逃げ出すことができない。もう、無理、だ。

「だああっ」
「うおっ」

べちゃりと盛大に筆が落ちる嫌な音が聞こえて、それと同時にシカマルは驚いたように身体を後ろに引いた。私はすかさず彼から離れる。呼吸が乱れている。お気に入りの色だったのに、どうしてくれるの。フローリングに散らばったサーモンピンクを拭き取るのは彼の仕事だ。

「見てよこれ!はみ出したじゃん!」
「んな理不尽な…」
「許さないっ」
「おまえがいきなり動いたからだろうが」
「違うもん!シカマルがい、息とか、吹き掛ける、から…っ」
「…へえ、」

こっちも駄目なわけ、そう低くささやいて。いつの間にか傍まで来ていた彼にふう、と耳元に息を吹き掛けられて目の前がちかちかした。





(怒ったかおもすきなんだ、なんて)


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