魔法みたいだと、ずっと思っていた。そのおおきな手で頬をそっと包まれると、思わずほお擦りしたくなって、それから少しだけ涙がでそうになるの。抱きしめられているときに感じる彼の心臓は、穏やかにとくりとくりとやさしい音を奏でているのに、わたしの心臓は彼とは真逆にどくんどくんと耳に届いてしまうのではというほど高鳴っていて、気が気じゃないよ。だからいつも抱きしめられているときは、ちょっとだけ恥ずかしい。それに、彼がかわいいと言ってくれる度にわたしは本当にかわいくなれる気がするの。わたしの笑った顔がすきだと言ってくれたなら、ずっと笑顔でいられる気がする、本当だよ。

だからカカシの言葉は魔法みたい、カカシの手は魔法みたい。少し興奮気味にこのことを話すと、なまえの考えることはかわいいね、と彼に笑われてしまった。わたしは本気で思ってるんだけどなあ。

「またぬれたままにしてる」
「…すぐ乾くもん」
「駄目って言ってるだろ、ほら」
「めんどくさいよ」
「いいからこっちにおいで」

濡れた髪を指摘され、しぶしぶ彼の座るソファーに腰掛ける。唇を尖らせてむくれた顔をつくると、すかさず上唇にキスをされて出かかっていた言葉を飲み込まされた。かあ、と頬が熱くなる。おもしろくないのと恥ずかしいのとであかくなった顔のまま、カカシの腕にぐりぐりと額をこすりつけてやった。くすぐったいよ、と頭の上からやさしい声が降ってくる。わたしはその声に酔いしれる。ふわり、頭からすっぽりとタオルを被せられて、そのまま髪にやさしく触れる彼の手を、時折耳元をかすめる彼の腕を、とても愛しいと思った。もこもこのやわらかいタオルが心地好い。

「おれがいなくてもちゃんと乾かすんだよ」
「…うん」
「風邪ひいてくるしいのは、おれじゃないからね」
「もう、わかってるってば」

後ろを振り返り、腰に腕を回す。わ、って聞こえたのはきっとカカシの驚いた声。ぎゅうぎゅう力を込めて抱き着いて、思い切り甘えた声音で名前を呼んだ。

「どうしたの」
「なにが?」
「今日はいつもより甘えっこだね」
「…わたし、甘えっこ、かなあ」
「うん」

あったかくて、ぽかぽかして、気持ち良い。彼の匂いに包まれる感覚に、胸の奥に何かがじんわり染み込んでいくみたい。髪を梳かれる。わたしの傷んだ髪は途中で指に絡まって、引っ掛かる。いつかそれを一本いっぽん解いていくのが好きなんだと言われたことがあった。こんなに傷んだ髪でもカカシは、好きだって言ってくれる。大切に傷付けないように、わたしのそばにいてくれる。髪を解いていた指先が耳の後ろに添えられて、そっと引き寄せられた。瞼に触れる唇がくすぐったい。

「かわいい」

こぼれるみたいに、言うから。譫言みたいに何度も繰り返すから。だから胸がくるしくなる。彼が触れたところが愛おしくて仕方ないよ。あかい頬を撫でながら、また彼がかわいいと言う。わたしは目を閉じて、彼の言葉を一つひとつひろい上げた。やっぱり魔法みたいだと、思った。


重歯でじゃれあう


title にやり

×