「だめ、だったら」
「どうして」
「さ、さわっちゃだめ」
「何もったいぶってるの。ほら、くち」
「んう、」

無骨な親指がゆっくりと私の唇をなぞった。唇の端に行き着いた指先はそっと私に口をあけるように促す。舌を入れさせて、そう言っている。なかなか折れない私に彼は困ったというふうに眉を下げて笑った。きっと今わたしがどれだけ恥ずかしい思いをしているかとか、馬鹿みたいにはやくなる心臓の音を彼は知らないから。だからそうやって笑顔でわたしをからかって、恥ずかしがらせることが得意な指先は悪戯に肌をすべるの。触れたところから熱をもつ正直な自分の肌に嫌気がさす。

じわじわと内側からゆっくりと侵食されていくような熱に、体が支配される感覚が嫌いなわけではないけれど。わたしはいつだって臆病で、彼の唇が、指先が、掌が、わたしに触れる全てのものがこわかった。全身が燃えるように熱くなって、うまく息ができなくなって、それから離れたくなくなってしまう。わたしがこんなにも彼の指を渋るわけは、あなたを手放すことを恐れているからよ。わかるはずもない先のことを考えて、一人で不安になって彼と距離をおいて、甘える彼に安心する。すきだと言えばいいのに、わたしは一度だって彼にすきだと気持ちを伝えたことがなかった。独りよがりが、こわいの。

「カ カシ、やめて」
「さわられるのがいやなの?」
「ち、ちがうよ」
「じゃあ、いいでしょ」
「あっ、だからだめって」

唇の端に彼の唇がそっと触れる。小さな音をたてて離れていくそれを自然と目で追ってしまうわたしをわかっていて、彼がわざとしていること。ずるい、その目。わかってるよ、全部。そう言われているような気がする。全て見透かされているような、心を読まれているような。腕を掴まれて胸元にぐいと引き寄せられる。耳に直に吐息を吹き掛けられてたまらない気持ちになるのもきっとカカシはわかっているはず。だからこわいの、ずるいっていうの。

「なまえはこっちのほうがいいかな」
「……」
「おれはなまえとしたいこと、たくさんある」
「あ、あの」
「例えばほら、おれこうやって、おまえから抱きしめたりして欲しいよ」

掴まれた腕を広げてそのまま背中にまわすよう促される。ぎゅってして、そう小さく囁かれて、もう何も言えなくなってしまった。それからこくりと息を飲む。腕をのばして大きな背中に触れた。あたたかい。思わず力を入れて抱きしめる。強く抱き着いたことに驚いたのか、彼は微かに肩を揺らした。それがうれしくて笑う。カカシは困ったように笑った。やられたなあ、眉を下げてやわらかく笑うその表情がすき。いつか言えたらいいな、すきだって言えたら、いいなあ。

「あの、ね。わたしもあるよ、カカシとしたいこと、いっぱい」
「例えばどんなこと?」
「えっ今言うの」
「言ってよ、おれにできることなら今したい。それに、知りたい」
「いきなりすぎるよ、そんな、すぐにまとまらない」
「…つまんないの、」

むくれないでよ、頬に触れれば笑う彼が愛しくて、私も笑えば彼もまたやさしく微笑んでくれる。やっぱりそれがどうしようもないほどうれしくて、もやがかった心が晴れていくみたい。手足の先がぽかぽかあたたかくなっていくみたい。わたしたち、恋人みたい。うれしい。カカシ、かわいい。

「ね、今日なに食べたい」
「なあに、なまえがつくってくれるの?」
「うん、つくる」
「そうだなあ…。あ、じゃあおれも一緒につくるよ」
「それじゃ意味ないの、わたしがつくってあげたいの」
「へえ…、珍しいね」
「うんうん、それで?なに食べたい?」
「そうだなあ、」





(だから何度だってはじまるの、)

×