彼女はとてもまっしろが似合うひとだった。彼女といると、それだけでくすんだ心が洗い流されるような感覚が心地良かった。ふわりと笑うその無垢で綺麗な表情に、堕ちてしまいそうだった心を何度すくわれたかわからない。いつだって包み込むような彼女のやさしさにずっと俺は憧れていたのかもしれない。
穏やかな風が頬を撫でる。彼女が窓を開けたのだろうか、部屋のなかはひんやりと冷たい。
「みて、カカシ」
弾んだ声で名前を呼ばれて、ゆっくりと上半身だけをベッドから起こせばうれしそうな顔をしたなまえが鏡のそばに立っていた。彼女が俺より早く起きているなんてめずらしい。隣にはまだかすかにあたたかさが残っていたから、きっと彼女も起きたばかりなんだろうな、と思う。その証拠に、髪が少しだけはねていた。
「きのう買ったんだ」
そう言ってくるりと俺の前でまわってみせた彼女は、まっしろなワンピースを身にまとっていて。日差しが淡色のカーテンに反射してきらきらと光る。まるで天使みたいだと、柄にもなくそんなことを思った。
「…きれいだね」
俺が笑えば、彼女もはじけたように笑う。本当にうれしそうな顔をするから、少し気恥ずかしくなった。
「なまえ、」
ぽんぽんとベッドの上を軽くたたけば、今度はやさしく微笑んでくれた彼女はうれしそう。
「…おいで」
腕を広げれば真っ直ぐに彼女は俺に歩み寄る。抱きしめたら、彼女も俺の背中に腕をまわしてくれた。あたたかい。
「いちばん最初にカカシにみせたかったの」
「似合ってるよ、」
「白と水色があったんだけどね」
「しろに、したの?」
「うん。だってまっしろな色をみてるとカカシを思い出すから」
だから白にしたんだ、そう言ってワンピースの裾を持ち上げて笑ってみせた彼女が愛しくて、なんだか胸の奥がむずむずする。たまらなくなって裾を持ち上げていた手を軽く握ったら、彼女は驚いたのか目を大きくさせた。顔の近くまで引き寄せて、細い手首にそっとキスをする。くすぐったい、と漏らすちいさな唇をやんわりと塞げば、彼女の吐息を感じて頭がぐらぐらした。
どうしてまっしろな色で俺を思い出すの?俺がまっしろなはずないだろう、まっしろなのはおまえのほう。素直に喜べない心を隠して笑ったことに、どうか気付かないでいて。
血塗れたベストを洗濯機の中に放り込む。すっかり重くなってしまっていたそれを脱げば、少し肩が軽くなったような気がした。ふ、と息をつく。部屋ではきっと彼女がまた寝ているだろうから、起こさないようにしないと。今すぐ彼女を抱きしめたいと思うのに、それができないのは紛れも無く自分のせい。こんな両手じゃ君にはさわれない。無意識に唇を噛んでいた。
なまえ、…
バスルームから出ると、近くに彼女の気配を感じた。まだ起きていたのだろうか。いや、さっきまでは感じなかったからきっと少し前に起きたんだろう。
「なまえ、いるの?」
下はスウェットをはいて上は何も着ないまま、暗闇の中の彼女に声をかける。びくりと彼女の体が揺れたのがわかった。
「どうして電気つけないの、」
「だっ、だめ。つけないで」
泣いている、の?濡れた声に驚いて彼女に駆け寄れば、なまえは今日の朝見せてくれたまっしろなワンピースを着たままで。ただ違うのは、それが真っ赤に染まっているのと、彼女の手にさっきまで俺が着ていたベストが握られていること。
「っ、どうして」
「カカシ…」
「汚れるだろ、馬鹿!」
「なんで…!?馬鹿なのはカカシのほうでしょう…?」
「ワンピースが…っ」
ぎゅう、と大切なものを抱きしめるようにベストを抱きしめるから。取り乱すなんてらしくない、らしくないのに。彼女が泣きながら汚れたっていい、とつぶやいた。どうして。あんなにうれしそうに俺に見せてくれたじゃないか。それなのにどうして。
「そんなの、いいの…」
彼女のやさしい声の響きを、誰よりも愛おしいと思った。頬を一筋涙が流れて、ぽたりと落ちていく。泣いて、いた。ねえ君は、こんな俺のすべてを受け入れてくれるというの。
こんな僕は浅ましいですか
(あなたの孤独にふれたいの、)