「…何、それしか食べないの」
「うっさい」
「おまえパプリカ嫌いじゃなかった」
「今日から好きなの」
「どういう風の吹き回し?いきなりどう…、あ」
「そうだよダイエットだよなんか文句あんの」

昨日えっちのときわたしの脇腹つねったのおまえだろ!と心の中で毒づきながら向かい側に座るカカシを睨む。彼は少しだけ目をおおきくしてわたしを見つめた。朝はサラダしか食べない、そうベッドの中で誓ったのだよあんたがすうぴいわたしの隣で眠っている間にな。けれど今の言い方はちょっとつんけんし過ぎたかもしれない。感じ悪かったかな。いやいや、カカシはこれくらい罪深いことをわたしにしたんだから、わたしが気を遣う必要なんてこれっぽっちも無いに決まっている。昨日二人で夕御飯を食べて、一緒にお風呂に入ったまでは良かったのだ。珍しく彼の背中を流してあげて、カカシだってわたしの髪を洗ってくれた。だからえっちのときだってしあわせで、うれしくて、なのに。それなのにあいつは、全て終わったあとに「おお…」とか言いながらわたしの脇腹の!肉を!むにっと!有ろうことかつまみやがったのだ!あの時のわたしの心情なんて彼には絶対わからない。すっごく傷ついたんだから。すっごく悲しかったんだから。泣きそうにだってなったんだから。昨日は眠れなかったし、あんたが寝た後はずっとめそめそ鼻をすすってたんだから。絶対やせるって決めたんだもん、誰にも邪魔なんてさせない。わたしは今日から絶対にやせてみせる。

「ちゃんと食べないと体に良くないよ」
「どうせ太ってます」
「いや…、何も言ってないけど」
「どうせぷよっぷよです」
「何怒ってるの?朝からイライラして…」
「わたし今日からダイエットするの」
「する必要な「わたしがやせたいの!カカシは黙ってて!」
「……」

グサッとフォークでプチトマトをさす。食べ物にあたることがよくないのなんてわかってる、しかしわたしは構わずそのプチトマトを口に放り込みかみ砕いた。カカシは昨日の夜自分が何を言ったかなんて覚えていないんだ。気まぐれにあんなことしたんでしょう、無神経もいいところだ。ぽかんと口を開けたままわたしの一切の動作を見ていたカカシは、はあと小さくため息をついて、それから手持ち無沙汰に目玉焼きの黄身を箸で割った。本当はわたしだって目玉焼きも炊きたての白ご飯も味噌汁だって飲みたい。思わずふわふわ湯気立つ味噌汁の湯気をしっしと片手で払った。そんなわたしに眉をひそめた彼は、つまらなそうに口許を歪めてみせる。そんな顔したってわたしの機嫌は直らないもん、ほだされないもん。テーブルの下で軽く彼の足をけって、早くご飯食べ終わってよと促す。あいた、なんて呑気な声が聞こえたけれど知らない振り。訳がわからないって顔してるね、それもこれも全部カカシのせい。自業自得よ。

「…体こわしたりしないでね」
「ご心配なく」
「いつまでするつもりなの」
「ぷよぷよがなくなるまで」
「だからぷよぷよじゃな「うっさい」


・・・・・



気分がふさいでいるせいか、食べる量を減らしても普段よりも空腹を感じなかった。待機所ではみんなに心配されたけれどわたしの決意は固いのだ、きっと一ヶ月後にはカカシだってびっくりするくらいになってやる。だがそもそもみんなが心配したのはわたしのダイエット宣言ではなく、わたしの彼への態度だということに気付いていないわけじゃない。素っ気ないのなんて当たり前でしょう。わたしは彼に腹を立てているのだから。わたしがどんな思いでこんなことをしているのか、カカシは何にもわかってない。

「寝ないの」
「寝ない」
「…えっちは」
「しない」
「まだ怒ってるんだ…」
「怒ってないってば」
「おれがつくったハンバーグも食べなかったね」
「ダイエット中ですので」
「はあ…」

ねえ、と猫撫で声が背中越しに聞こえる。それからするりと腕がまわされて、そっと鎖骨をなぞられた。やだ、やめてよ、ばか。パチンとその手を叩いても一向にどける気配がない。いい加減にして。そう言って振り向けば、彼の鼻とわたしの鼻がぶつかって、吐息が触れる距離にこくりと息をのんだ。自然と瞳が合って、すぐに逸らしたいのに目が離せない。わたしの手は力無く彼の腕に触れるだけで役立たずのまま。こんなにちかいっていうのに、眉ひとつ動かさないカカシはそのままわたしの腕を引こうと、ぐっと力を込めた。その表情、気に入らない。流さないでよ、そんなのずるいよ。彼の腕を振り払う。ここでカカシの腕をゆるしたら、わたしが折れたことになるじゃない。突然のことに驚いたのか、動けないでいる彼から少しだけ離れたところに座り直す。

本当は、わたしだってカカシにさわりたい。でもこれ以上彼がわたしの嫌なところを見付けたらって思ったら、急にこわくなったんだよ。おへその形とか、二の腕とか、胸がちいさいのとか、わたしは自分の嫌なところがたくさんあるから。カカシも嫌だったらどうしようって、考え始めたらとまらなくて。わたしよりおへその形もきれいで、二の腕もぷよぷよじゃなくって、胸がおおきい人なんてたくさんいるもの。わたしよりずっといい女の子はたくさんいる。

「…さわるのも、駄目なんだ」
「もう眠いの。寝させて」
「何か気に障ったことをしたなら謝るよ、だからいい加減機嫌直せって」
「別に何もないから。おやすみ」
「なまえ、」
「……」
「何もないわけないだろ」

彼の声がこわい。ちがう、彼の声はやさしいけれどわたしが駄目なんだ、カカシに何を言われても今のわたしはそれをきちんと受け止められない。きっと気分は良くないと思う、誰だってこんな態度をとられたら。どうすればいいの。自信なんてどこにもないよ。腹まわりのおにくをカカシが好きになってくれるはずなんてない。そう思ったら悲しくて、今までカカシがくれた言葉も表情もどんな声さえも思い出せなくて、思わずぼろっと涙がこぼれた。胸がつまって涙がとまらない。突然しゃがみ込んでしゃくりあげながら泣くわたしの隣に、カカシが屈み込む。どうしたのって、笑う。やさしい声も表情も、彼の全部ぜんぶ何も変わっていないのに。カカシに嫌われるのがこんなにこわいなんて、こんなに悲しくってつらいなんて。

「か カカシは、っう、どんな女の子が、好き、なの…っ」
「…え」
「だから、どん な…」
「え、ちょ、ちょっと、待って」

とめられないよ。くるしくてくるしくて潰れてしまいそう。涙がとまらなくてうまく話せない。こんなんじゃ伝わらない、わたしが思っていることは全然伝わらない。きっとカカシも困ってる。こんな可愛くない泣き顔も好きになってくれるなんて思ってない。彼がわたしの背中をさすりながら微笑んだ。彼の前でこんなに泣いたのって初めてよ。

大丈夫だよって彼が穏やかにつぶやいて、その瞬間にわたしの心臓はすうっと撫でられたようにまあるくなる。赤ちゃんにするみたいによしよしと頭に触れる彼の手つきがやさしくって益々涙が溢れた。カカシのことが好き、大好きよ。だからお願い、わたし絶対にやせてみせるから、だから嫌いにならないで。

「おれとおまえは、付き合ってるんだよ」
「…うん」
「だからそれが…答えじゃないの?」
「うそだ!わたしの、脇腹、つまんだくせに…!」
「えっ」
「わ、わた、しっ…、すごい、悲しくて、嫌いになられたと おも…っ」
「なまえ、おれ」
「っ、うう…っ ふ…」

両肩に手をのせしっかりと視線を合わせる。彼の目がわたしに、ちゃんと聞いてって揺らいでた。自然とカカシの次の言葉を待つのがこわくないのは、彼の目がやさしいからかなあ。緩やかに孤を描く口許に触れてそっとなぞる。わたしはこくんと頷いて、それからきゅっと唇を結んだ。

「おれはおまえが太ってるって言いたかったんじゃないよ、」
「…じゃあなんでわたしの脇腹つまんだりしたの」
「女の子はやわらかいなって思ったんだ、…誤解させてごめんね。謝るよ」
「……」
「ゆるしてくれるかな」

ふくらませた頬っぺたは人差し指でつぶされる。ぶくっと変な音がして、カカシはちょっとだけ声を出して笑った。わたしは腕をのばしてそっと彼の首に絡ませる。いい匂いのする首筋がだいすき。つんけんしてごめんね、素っ気ない態度とってごめんね。勘違いしていた自分が恥ずかしくて思わず肩に顔をうずめた。可愛くなくって、ごめんね。

「…わたしのことなんていつもさわってるくせにっ」
「そうなんだけど、ね」
「もっとさわるところがあったじゃない!脇腹じゃなくて、その…む、む、…胸、とかっ!」
「ゲホッ」


危なっかしいおんなのこ

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